内容
リスクとは
1. R-Map手法とは
2. R-Map手法によるリスク評価
3. 航空機はなぜ飛行が許されるのか
4. 危害の程度
5. 発生頻度
6. 発生頻度の確率的表現
参考
1. R-Map手法とは
ISO/IEC Guide 51の定義では、リスクとは「危害の発生の確率とそれが発生したときの重大性の組合せ」で
ある。
実際に確率を正確に見積もるのは容易なことではない。白鳥は白いものという思い込みがあったのに、オ
ーストラリアで黒い白鳥が発見されたことにちなみ、確率で予測できないことを「ブラックスワン」と呼
ぶ。
未曽有の巨大地震とその後の原発事故もブラックスワンの一種といえる。確率は極めて小さいが、ゼロで
はない破滅的リスクも人間の嫌う曖昧さに通じているかもしれない。
このような時、リスクの発生前後を比較すると、人間は往々にして完全な無視から過剰な反応へと正反対
に振れる。米国の法学者、キャス・サンスティーンは、どちらの極端な態度にも陥らず、費用対効果を考慮
しながら、予防的なリスク削減措置を講じるべきだと主張している。
製品や設備、環境などの状況から、起こりうる危害の程度と発生頻度を推定し、危険の大きさを評価する
リスクアセスメントの手法の1つにR-Map手法というものがある。R-Map手法には、リスクを定量評価し、
社会的に許容されるか否かを視覚的に判断しやすいという特徴がある。
2008年に経済産業省は「電気用品安全法」や「消費生活用製品安全法」などのいわゆる製品安全4法を改
正し、開発設計段階でのリスクアセスメントの実施を義務付ける方針を表明した。同省は、R-Mapの導入を
想定している。
R-Map手法は、縦軸を「発生確率」、横軸を「危害の大きさ」としたマトリクス状のマップでリスクの大きさを表す(図1)。
2. R-Map手法によるリスク評価
R‐Map法では、リスク評価をA3、A2、A1、B3、B2、B1、Cというように割り振る。(図2)
リスクの大きさを、受け入れられないリスク「A」、原則は許容されないがコストや効用によって認める
「B」、許容可能な「C」の3つに大別し、AやBのリスクが、Cになるまで対策と評価を繰り返すのである。
多くの場合、『危害の大きさ』を低減させるために、発生頻度を低減させるか、または重大性を低減させる
か、その双方を低減させるかということを検討する。
例えば、日本国内における平成25年中の交通事故による死者数は、4,373人で13年連続の減少となり、交
通事故発生件数及び負傷者数も9年連続で減少した。
自動車同士の衝突事故等で重大性を低減させるために、シートベルトやエアバッグを装備する。このよう
に『危害の大きさ』を低減させるためには、ハードウェアがどうしても必要となる。ソフトウェアで重大性
を低減させるのは極めて難しい。
最近になって衝突しない自動車が注目を集めているが、それはセンサーで障害物が近づいてきた、または
前の車に接近したということを検知して、ソフトウェアが制御するのである。ソフトウェアでは主に発生確
率を低減させることができ、ハードウェアでは主に重大性を低減させることができる。
ハードウェアとソフトウェアを組み合わせることによって、できる限り発生頻度を低減させる、できる限
り重大性を低減させるというのが、リスクマネジメントの考え方である。
3. 航空機はなぜ飛行が許されるのか
航空機の墜落事故においては、その重大性は甚大である。ひとたび事故が発生すれば、その被害は計り知
れないものとなるだろう。それでは、なぜ航空機は飛行が許され、また乗客も安心して利用しているのであ
ろうか。
米国の国家運輸安全委員会(NTSB)の行った調査によると、航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率は
0.0009%であるという。米国国内の航空会社だけを対象とした調査ではさらに低く0.000034%となる。
これは8,200年間、毎日無作為に選んだ航空機に乗って一度事故に遭うか遭わないかという確率である。
これが「航空機は最も安全な交通手段」という説の根拠となっている。
ちなみに米国国内において自動車に乗って死亡事故に遭遇する確率は0.03%なので、その33分の1以下の
確率ということになる。
つまり、航空機事故の発生確率が極めて低いのである。R‐Map法では一番右の下『C』に相当する。発生
した場合は致命的であるが、発生がほぼ考えられない。発生頻度と重大性を掛け合わせた数値は非常に低い
ということである。これによって、航空機は飛行することが可能なのである。
ちなみに、2001年9月の米国同時多発テロ事件の後、米国人の多くが民間航空機による移動を避けて自家
用車による移動を選択したために、同年の10月から12月までの米国における自動車事故による死者の数は
前年比で約1,000人増加したという。なんとも皮肉な結果となってしまった。
4. 危害の程度
危害の程度では、一般的に定性的な表現と定量的表現が用いられる。(図3)
当然のことながら、規制当局の期待は定量的な表現だ。ただし、製薬業界、医療機器業界では、どうして
も定量的に評価することは困難である場合が多い。
定性的評価の表現とは、『致命的(Catastrophic)』『重大(Critical)』『中程度(Marginal)』『軽微
(Negligible)』『無傷(None)』などである。多くの場合、定性的な表現で評価をしがちになる。
一方、定量的な表現は、人に対する危害が『死亡』『重傷・入院治療を要する』『通院加療が必要』『軽傷』
『なし』などである。このように具体的な危害を推定することが望ましい。例えば、医薬品に不純物が混じ
ってしまった場合、具体的に患者にどのような危害が生じるかを評価する。
実際には、定性的な表現を用いてしまうことの方が多い。5. 発生頻度
発生頻度は、一番確率の高いものをレベルで5とする。発生頻度においても危害の程度と同様に、定性的
な表現と定量的表現が用いられる。(図4)
定性的な表現では『頻発する(Frequent)』『しばしば発生する(Probable)』『時々発生する(Occasional)』
『起こりそうにない(Remote)』『まず起こりえない(Improbable)』『考えられない(Incredible)』という6段
階に分類できる。
10のマイナス2乗を越える場合は『頻発』という定義であり、また10のマイナス6乗以下の場合は『考えられない』
と定義する。
一方、定量的な表現では、しばしばppm(parts per million)を使う。1ppmは、発生頻度が100万分の1を
意味する。発生頻度もできる限り定量的に評価することが求められている。発生頻度を定量的に評価するた
めには、科学的な知識の積み重ねが欠かせない。
例を挙げると、エレベーター、エスカレーター、自動回転ドアなどは、発生レベルが10マイナス6乗
(1ppm以下)を発生頻度ゼロレベルと定義している。エレベーターというのはロープが切れて墜落して死亡
した事故というのは過去に1件もない。ただし、扉にはさまれて死亡した例はある。
自動車、電動車いすなどは、10のマイナス7乗(0.1ppm)以下をゼロレベルと定義されている。
家電製品、ガス・石油機器関係、事務用機器関係は0.01ppm以下に抑えなければならない。
6. 発生頻度の確率的表現
発生頻度の確率的表現では、10万台の製品が1年間稼働している中で、週に2回から1ヶ月に1回起きる
確率というのが『発生頻度5』のレベルである。月に1度から1年に1度というのが『発生頻度4』。10年に
1度というのが『発生頻度3』というように具体的な発生頻度を確率的に表現することもできる。(図5参照)
筆者はしばしばリスクマネジメントのワークシートの作成時に、『発生頻度』と『発生確率』のどちらが適
切かと質問を受けることがある。それはケースバイケースであろう。『ppm』により発生頻度を評価するのか
『週に1回』『月に1回』といった発生確率により評価するのかは適切に選択するべきである。重要なこと
は、分かりやすく表現することである。