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CSVにおける成果物の種類と管理方法

CSV(Computerized System Validation)を実施する際に作成される文書を、成果物(Deliverable)と呼ぶ。成果物は種類ごとに目的が異なり、したがって作成単位・改訂の考え方・保管の方法も異なる。この違いを整理せずに一律のルールで管理すると、システムがバリデートされている状態を説明できなくなる。本記事では、CSV 成果物の種類と、それぞれをどう版管理し、どう保管するかを整理し、2026年8月時点で取るべき対応を示す。成果物が何を保証するためのものかという考え方は CSVにおける信頼性保証とは を参照されたい。

成果物の五つの種類

CSV 成果物は大別して「計画書」「仕様書」「報告書」「スクリプト」「ログ」の五種類がある。ISPE の GAMP 5 は、コンピュータ化システムのライフサイクルにわたって作成される多数の成果物の例を示している。現行版は Second Edition(2022年7月刊)であり、初版(2008年2月刊)のみを前提とした社内手順書やスライドが残っている場合は改訂が必要である。GAMP 5 は有償の刊行物であるため、本記事では逐語引用を行わず、実務上の考え方のみを述べる。

種類目的書くべきこと書いてはならないこと作成単位
計画書誰がいつ何をするかを明確にする実施組織、役割と責任、スコープ、スケジュール、判定基準の枠組みテクニカルな仕様の詳細プロジェクト単位
仕様書システムが何であるかを定義するユーザ要求仕様、機能仕様、設計仕様、詳細仕様(画面・帳票・データベース・プログラム)スケジュール、体制システム単位
報告書計画に対して何が起きたかを記録する実施結果、計画からの変更、逸脱事項とその正当化(Justification)、残存リスクと結論計画書の丸写しプロジェクト単位
テストスクリプト検証の手順と判定基準を事前に固定する前提条件、手順、期待結果、判定基準、実施環境とバージョン実施後に書き換えた期待結果テスト単位(全版保存)
テストログ実際に何が起きたかの生の証跡実施日時、実施者、実測結果、合否、エラーとその処理の経緯失敗記録の差し替え・破棄実施単位(全版保存)

計画書に技術的事項を書かない

計画書には、誰がいつ何をするかを明確にする。すなわち CSV 実施組織および役割と責任である。またスケジュールを明らかにする。間違ってはならないのは、計画書にテクニカルな事項を記載しないということである。技術的事項は仕様書(Specification)に記載する。

多くのプロジェクトで計画どおりに進捗しないケースがあるが、その最大の理由はもともとの計画が不適切であることが多い。スケジュールは Feasible(実行可能)かつ Reasonable(合理的)でなければならない。実現不可能な計画は、逸脱を大量に生み、報告書の説明負担を増やすだけである。

報告書は計画書の写しであってはならない

そもそも、すべてのアクティビティが計画どおりに実施できたなどということはあり得ない。報告書で大切なのは、計画書のとおりに実施できず変更した事項、および逸脱した事項を記載することにある。特に逸脱事項は品質保証上の問題を含むため、正当化できる理由(Justification)を記載しなければならない。

逸脱が一件も書かれていない報告書

査察や監査の場で、逸脱ゼロの報告書は好意的に受け取られない。実務では必ず何かが起きているからである。逸脱が記載されていない報告書は、逸脱がなかったことの証明ではなく、逸脱を記録しない運用の証明として読まれ得る。逸脱の件数ではなく、逸脱に対する評価と正当化の質が見られていると理解すべきである。逸脱の原因をどこまで掘り下げるかについては 根本的原因の重要性とは を参照されたい。

版管理 ―― システム単位かプロジェクト単位か

成果物の管理でもっとも誤りが多いのが、改訂の単位である。ここを取り違えると、システムの現在の姿が一瞥できなくなる。

仕様書はシステム単位で改訂する

仕様書は、システムごとに1冊ずつ作成する。たとえば2010年度に EDMS(文書管理システム)の導入プロジェクトを実施し、その後2013年に機能追加のプロジェクトを、2015年には一部機能の変更と追加を実施したとする。

多くの場合、2010年度のプロジェクトでユーザ要求仕様書を作成し、2013年度には追加分のユーザ要求仕様書を、2015年度には変更・追加分のユーザ要求仕様書を作成していないだろうか。このように差分のみをプロジェクトごとのユーザ要求仕様書として作成したのでは、当該システムに対する最新のユーザ要件が一瞥できず、したがってそのシステムがバリデートできているかどうかが不明になってしまう。

本来は、2010年度にユーザ要求仕様書の Ver1.0 を作成し、2013年度にはそれを改訂した Ver2.0 を、2015年度にはさらに Ver3.0 を作成しなければならない。機能仕様書や設計仕様書も同様である。差分の機能仕様書や設計仕様書を作成してはならない。最新のシステムの機能がどうなっているかを、一瞥して分かるようにしておかなければならないのである。

計画書・報告書はプロジェクト単位で新規作成する

一方で、計画書や報告書といったマネジメント文書は、プロジェクトごとに作成しなければならない。2010年度のバリデーション計画書・報告書は当該プロジェクトの中で完結する。2013年度のプロジェクトでは、バリデーション計画書・報告書は当該プロジェクトのみの成果物として Ver1.0 を新規に作成する。けっして過去のバリデーション計画書やバリデーション報告書を改訂してはならない。過去のプロジェクトで何をどう判断したかという記録が失われるからである。

成果物改訂の単位2013年の追加プロジェクトでの扱い理由
ユーザ要求仕様書システム単位既存の Ver1.0 を改訂して Ver2.0 とする現在の要求の全体像が一瞥できなければ、適格性を判断できない
機能仕様書・設計仕様書システム単位既存版を改訂して次版とする差分文書の束からは現在のシステム像を再構成できない
トレーサビリティマトリクスシステム単位既存版を改訂して次版とする要求とテストの対応は常に全体で成立していなければならない
バリデーション計画書プロジェクト単位当該プロジェクトの Ver1.0 を新規作成する過去の計画を書き換えると、当時の意思決定の記録が失われる
バリデーション報告書プロジェクト単位当該プロジェクトの Ver1.0 を新規作成する同上。逸脱と正当化は当時の文脈でしか意味を持たない
テストスクリプト・テストログ実施単位新規作成し、過去分も保存する検証の履歴そのものが証跡である
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保存 ―― 最新版だけ残してよいもの、全版残すもの

計画書、報告書、仕様書等は、最新バージョンのみを綴じておけばよい。それに対して、テストスクリプトやテストログはすべてのバージョンを保存しておかなければならない。

理由は明快である。最新のテストログのみを綴じておくと、すべてのテストが合格している状態しか残らない。しかし規制当局のレビューでは、成功したテストを調査したいのではなく、エラーになったテストを参照し、それがどのように解決されたのかという経緯を調査したいのである。失敗の記録が残っていないバリデーションは、検証をした証拠がないのと同じである。なお、これらの成果物を承認し照査する側の役割については 品質保証(QA)とは を参照されたい。

電子的に管理する場合の落とし穴

紙のバインダーであれば「最新版のみを綴じる」「全版を綴じる」という運用は目に見える。しかし電子文書管理システムでは、上書き保存によって旧版が物理的に消えることがある。テストスクリプトとテストログについては、旧版が保持される設定になっているか、監査証跡から旧版の内容が復元できるかを、システム導入時に確認しておく必要がある。これはシステム自身の要求仕様として書かれるべき事項である。

電子成果物に適用される要求

CSV 成果物を電磁的記録として作成・保存する場合、次の要求が重なって適用される。

  1. QMS省令第8条(品質管理監督文書の管理)文書の承認、配付、識別、劣化・紛失の防止、廃止文書の誤用防止を求めている。変更にあたっては、原則として最初に承認した部門またはあらかじめ指定した部門による照査と承認が必要である。
  2. QMS省令第9条(記録の管理)記録の識別、保管、セキュリティ確保、完全性の確保、検索、保管期間、廃棄の管理方法を手順として文書化することを求めている。第2項は「完全性の確保」を「当該記録が正確であり、記録が作成された時点から不適切な改変がない状態を保つこと」と定義している。第4項は、記録が読みやすく容易に内容を把握でき、かつ検索できることを求めている。
  3. ER/ES指針および 21 CFR Part 11厚生労働省の ER/ES指針(平成17年4月1日 薬食発第0401022号)は現在も有効であり、真正性・見読性・保存性を求めている。米国では 21 CFR Part 11 が現行有効であり、その適用範囲についての Scope and Application ガイダンス(2003年9月)も有効である。
  4. コンピュータ化システム適正管理ガイドライン厚生労働省「医薬品・医薬部外品製造販売業者等におけるコンピュータ化システム適正管理ガイドライン」(平成22年10月21日 薬食監麻発第1021011号、平成24年4月1日適用)は、開発・検証・運用・廃棄の各段階で作成すべき文書を整理している。

保管期間

成果物をいつまで保存するかは、根拠となる法令によって異なる。

区分文書(手順書等)記録
GMP省令(医薬品)第20条第1項第3号作成の日(手順書等については使用しなくなった日)から5年間。ただし当該記録等に係る製品の有効期間に1年を加算した期間が5年より長い場合は、教育訓練に係る記録を除き、その期間
QMS省令 特定保守管理医療機器(第67条・第68条)廃止の日から15年間(有効期間+1年が15年より長い場合はその期間)作成の日から15年間(同上)
QMS省令 上記以外の医療機器等(第67条・第68条)廃止の日から5年間(有効期間+1年が5年より長い場合はその期間)作成の日から5年間(同上)
教育訓練に係るもの(QMS省令第67条・第68条)5年間

なお QMS省令第67条ただし書きは、製品の製造または試験検査に用いた品質管理監督文書については、記録の保管期限(第68条)の期間にわたり当該文書が利用できるように保管すれば足りる旨を定めている。長期にわたる保管では、媒体の劣化やソフトウェアの陳腐化により「保存はしているが読めない」状態に陥りやすい。移行を行う場合は、移行前後の同一性を検証し、その記録を残すことである。

CSA は成果物の量を減らす免罪符ではない

FDA の CSA 最終ガイダンス(連邦官報告示 2025年9月24日、Docket FDA-2022-D-0795。ドラフトは2022年9月13日/87 FR 56059)は、リスクに応じて保証活動と記録の厚みを調整する考え方を示している。文書作成そのものが目的化していた実務に対する見直しの契機ではある。

しかしながら、次の点を取り違えてはならない。CSA は 21 CFR Part 11 を置き換えない。CSA が supersede するのは “General Principles of Software Validation” の Section 6 のみである(原文に “supersedes Section 6” と明記されている)。またガイダンスには法的拘束力がない(”not binding”)。電子記録・電子署名に関する要求、および日本の ER/ES指針・QMS省令・GMP省令が求める記録の管理は、いずれも従来どおり適用される。

CSA の考え方を成果物管理に翻訳すると、次のようになる。高リスク機能については従来どおり事前にスクリプト化されたテストと詳細な証跡が必要であり、低リスク機能については結論を支えるのに必要十分な記録に絞ってよい。判断の根拠となったリスク評価そのものを記録として残すことが、むしろ重要になる。CSA と CSV の関係の詳細は CSVにおける信頼性保証とは を参照されたい。

2026年時点で取るべき対応

  1. 社内 CSV 手順書の GAMP 5 に関する記載を、Second Edition(2022年7月刊)を前提とした記述に改める。初版のみを引用している箇所は改訂する。
  2. 成果物一覧を作成し、それぞれについて作成単位(システム単位/プロジェクト単位/実施単位)と保存範囲(最新版のみ/全版)を明記する。曖昧なまま運用している成果物が最も事故を起こす。
  3. 過去に差分で作成されたユーザ要求仕様書・機能仕様書・設計仕様書がある場合、統合版を作成して現在のシステム像を一瞥できる状態に戻す。統合の経緯は変更管理の記録として残す。
  4. 電子文書管理システムにおいて、テストスクリプトとテストログの旧版が保持される設定になっているかを確認する。上書きで消えている場合は設定変更と運用手順の改訂を行う。
  5. 保管期間を GMP省令第20条、QMS省令第67条・第68条に照らして再確認する。特に特定保守管理医療機器に係る15年間の要求を見落としていないかを点検する。
  6. CSA を根拠に成果物を削減する場合、削減の根拠となるリスク評価を記録として残す。CSA は Part 11 を置き換えず、法的拘束力もないことを社内文書に明記しておく。

出典

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