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データインテグリティと不正~新たに迫りくる危機か~

データインテグリティ(Data Integrity、以下DI)は、規制当局が査察で最も熱心に見る領域のひとつである。しかし現場では、DIをいまだに「改ざんをしないこと」と同義に理解している例が少なくない。実際に当局が問題視しているのはそれよりはるかに広い。本稿では、DIとは何か、ALCOA/ALCOA+の各原則が何を要求しているのか、故意の改ざんと過失(ヒューマンエラー)はどう扱いが違うのか、そしてなぜ企業のなかで不正が起きるのかを、規制当局の一次資料に沿って整理する。

データインテグリティとは何か

DIとは、データがライフサイクル全体にわたって完全(complete)・一貫(consistent)・正確(accurate)であることを指す。ここでいうライフサイクルとは、データが最初に生成された瞬間から、処理・報告・保管を経て、保存期間満了により廃棄されるまでの全期間である。

重要なのは、DIが「電子データだけの話」ではないという点である。英国MHRAのGXP Data Integrity Guidance and Definitions(Revision 1、2018年3月)は、組織文化が「紙と電子のあらゆる形態において」データの完全性・一貫性・正確性を確保しなければならないと述べている。WHOのGuideline on data integrity(Annex 4, WHO Technical Report Series No.1033、2021年)も、その適用範囲を「電子システム、紙のシステム、およびハイブリッドシステム」と明記している。紙の記録簿しか使っていない工程であっても、DIの要求からは逃れられない。

では、なぜ今あらためて「新たに迫りくる危機」なのか。データの生成点が計測器・製造設備・クラウドサービスへと分散し、人が目視できない場所で記録が生まれるようになった。外部委託の増加により、自社が管理していないシステムのデータに責任を負う場面も増えた。危機の正体は新種の不正ではなく、従来の統制が及ばない領域が広がったことにある。

ALCOAとALCOA+ ― 9つの属性

DIを具体的な要求に分解したものが、ALCOAおよびALCOA+と呼ばれる属性群である。ALCOAは Attributable / Legible / Contemporaneous / Original / Accurate の5つ、ALCOA+はそこに Complete / Consistent / Enduring / Available の4つを加えた9属性を指す。

表1 ALCOA+の9属性と実務上の意味
属性英語実務上、何を求めているか
帰属性Attributable誰が実施し、誰が記録したかが特定できること。共有アカウントは帰属性を破壊するため認められない
判読性Legible人が読めること。保存期間を通じて読み続けられること。訂正時も元の記載が読める状態で残ること
同時性Contemporaneous行為と同時に記録されること。メモを取って後でまとめて清書する運用は同時性を満たさない
原本性Original最初に取得された記録(生データ)そのもの、または検証済みの真正なコピーであること
正確性Accurate誤りがなく、実際に起きた事実を反映していること。校正や検証の裏づけがあること
完全性Complete再解析・再試験・削除された結果も含め、欠落がないこと
一貫性Consistent時系列に矛盾がなく、関連する記録同士が整合していること
永続性Enduring定められた保存期間にわたり、劣化・消失せず維持されること
可用性Available保存期間中、必要なときに閲覧・提出できること

ここで注意すべきは、ALCOAとALCOA+のどちらの略語を使うかによって当局の期待が変わるわけではない、という点である。MHRAは次のように明言している。

本ガイダンスは「ALCOA+」ではなく「ALCOA」という略語を用いる。(中略)「+」はその要求を強調するために後から追加されたものである。どちらの略語を用いても期待に違いはない。データガバナンスの措置が、データライフサイクルを通じてデータが complete、consistent、enduring、available であることを確実にすべきだからである。

MHRA『GXP Data Integrity Guidance and Definitions』Revision 1(2018年3月)3.10項より要約・和訳

なお、メタデータや監査証跡といった個々の要素については、当社の別記事「メタデータとは何か」および「監査証跡とは何か」で詳述しているので、そちらを参照されたい。

故意の改ざんと過失は、どう扱いが違うのか

DIの逸脱は、動機の面から大きく二つに分かれる。ひとつは意図的なデータの改変・削除・捏造(falsification)であり、もうひとつは手順の不備・理解不足・システム設計の欠陥に起因する非意図的な逸脱である。

表2 意図的な改ざんと非意図的な逸脱の比較
観点意図的な改ざん(falsification)非意図的な逸脱(過失・エラー)
典型例不適合結果の削除、試験のやり直しと不都合な結果の破棄、日付の遡及記入、他人のIDでの署名共有アカウントの惰性的な使用、後日のまとめ書き、監査証跡機能を有効化しないままの運用、生データの定義が曖昧なまま印刷物のみ保管
発見の契機監査証跡レビュー、内部通報、当局査察での突合せ日常のデータレビュー、自己点検、システム更新時の棚卸し
是正の方向個人の責任追及にとどめず、圧力・機会・正当化の各要因を除去する組織的対応手順書の具体化、システム設定の修正、教育訓練の再設計
当局の関心製品品質・患者安全への影響範囲と、経営層の関与の有無同種の欠陥が他のシステム・他の工程にも及んでいないか

実務上の誤解は、「うっかりミスなら軽く済む」という思い込みである。規制当局のガイダンスは、両者を区別したうえで、いずれも同じ枠組みで是正を求めている。WHOのガイドラインは、DIの弱点が見つかった場合の是正処置・予防処置(CAPA)について「関連するすべての活動およびシステムを横断して実施すべきであり、個別に切り離して実施すべきではない」(4.13項)としており、これは故意か過失かを問わない要求である。過失であっても、同種の欠陥が全社に潜在していれば指摘の重さは変わらない。

流布している「◯割はヒューマンエラー」という数値について

DI違反の大半がうっかりミスによるものだとする比率が、セミナー資料や解説記事でしばしば引用されている。当社で確認したかぎり、この比率にはFDA・MHRA・PIC/S・WHOのいずれのガイダンスにも、また査読論文にも一次情報が見当たらない。社内資料や当局への説明資料でこの種の数値を引用することは避け、「意図的な改ざんに限らず、手順の不備や理解不足に起因する事象も広く指摘対象となる」という定性的な整理にとどめるのが安全である。出典を示せない統計は、それ自体がDIの精神に反する。

なお「改ざん」という語が実務上どこまでを指すのかについては、当社記事「改ざんの真の定義」および「意図した変更とは」で扱っている。

なぜ不正は起きるのか ― 圧力・機会・正当化

不正の発生要因を「圧力」「機会」「正当化」の三つで捉える枠組みは、会計不正の研究に由来し、今日では品質保証の領域でも広く用いられている。この三要素は、規制当局のガイダンスが求める統制と一対一で対応している。

表3 不正の三要素と、DIにおける対応する統制
要素現場での現れ方対応する統制
圧力出荷期限、逸脱件数を減らせという指示、一発合格を前提とした計画、要員不足商業的・財務的・組織的な圧力の排除、適正な要員と設備の確保、逸脱の透明な報告を許す仕組み
機会共有アカウント、管理者権限の兼務、監査証跡の無効化が可能な設定、レビューされない記録職務に応じたアクセス権限、システム管理者と利用者の分離、監査証跡レビューの手順化
正当化「装置の不調だから無効にしてよい」「結果は変わらないから」「これまでもそうしてきた」無効化の判断基準と承認手順の明文化、生データの定義の明確化、教育訓練による判断の平準化

とりわけ「圧力」の扱いについて、WHOのガイドラインは経営層の責任として明示的に触れている。データガバナンスのプログラムに含めるべき事項として、「商業的、政治的、財務的およびその他の組織的な圧力の防止」「十分な資源とシステム」「DIと有効な統制を支える適切な環境をもたらす業務量と設備」を挙げている(4.10項)。DIの問題を担当者個人の資質の問題として処理してはならない、という趣旨である。

上級経営層は、品質文化を確立し、維持し、継続的に改善するための環境を提供する責任を負う。これには、組織のあらゆる階層における逸脱、誤り、記載漏れおよびDIの不備について、透明かつ率直な報告を支えることが含まれる。データの改ざんが確認された場合には、適切かつ即時の措置がとられなければならない。患者安全、製品品質または有効性に影響を及ぼしうる重大なDI上の不備は、関係する規制当局に報告されるべきである。

WHO『Guideline on data integrity』Annex 4, WHO Technical Report Series No.1033(2021年)4.5項より要約・和訳

データガバナンスと企業文化

ALCOA+を実現するための組織的な仕組みの総体が、データガバナンスである。WHOは「データガバナンスはALCOA+の原則の適用を確実にすべきである」(4.4項)とし、データガバナンスのプログラムには少なくとも、経営層の監督とコミットメント、品質リスクマネジメントの適用、適格性評価とバリデーションの方針、変更・インシデント・逸脱の管理、データの分類、監視、記録管理、教育訓練、そしてDI・製品品質・患者安全の重要性に対する認識が含まれるべきだとしている(4.10項)。

MHRAはさらに踏み込み、組織文化そのものを統制の対象として扱っている。

組織文化の影響、業績指標・目標・上級経営層の振る舞いによって駆動される行動が、データガバナンス施策の成否に与える影響を過小評価してはならない。データガバナンス方針(またはこれに相当するもの)は、組織の最高位で承認されるべきである。

MHRA『GXP Data Integrity Guidance and Definitions』Revision 1(2018年3月)3.3項より要約・和訳

「企業文化」は測定できない曖昧な概念だと敬遠されがちだが、上記の記述はきわめて具体的である。すなわち、どのような業績指標(KPI)を設定し、その指標が現場のどのような行動を誘発しているかを点検せよ、ということである。「逸脱件数ゼロ」を評価指標に据えた瞬間、逸脱を報告しない行動が合理的な選択になってしまう。文化の点検とは、まず自社のKPIの点検である。

また、DIの投入資源は一律である必要はない。MHRAは「日常的に法科学的(forensic)なデータ検証を行うことは求めていない」(3.5項)とし、WHOも「データの完全性を保証するために投入する労力と資源は、DIの不備がもたらすリスクおよび影響に見合ったものであるべき」(4.12項)としている。リスクベースの発想はここでも一貫している。

2026年時点で取るべき対応

  1. データフローの棚卸しを行うどの工程で、どの機器・システムがGxPデータを生成しているかを一覧化する。紙の記録簿、表計算ファイル、装置内蔵のローカル保存も漏らさず対象に含める。DIリスクアセスメント(DIRA)の出発点はこの一覧である。
  2. 共有アカウントを廃止する帰属性を破壊する最大の要因は共有IDである。個人アカウントの発行が技術的に不可能なレガシー機器については、代替統制(使用記録簿など)と、更新に向けた計画を文書として残す。
  3. 監査証跡の有効化状況を確認する設定上オフになっていないか、利用者が無効化できる権限を持っていないかを全システムで点検する。レビューの手順化については「データインテグリティに関するSOP作成の留意点」を参照されたい。
  4. KPIと評価制度を点検する逸脱件数、一発合格率、納期遵守率などの指標が、報告を抑制する方向に働いていないかを検証する。経営層による品質文化の宣言を、方針文書として最高位で承認する。
  5. CAPAを横展開するひとつのシステムでDIの弱点が見つかったら、同種の設定・運用が他のシステムにないかを必ず確認する。個別対応で終わらせないことが、WHOガイドラインの明示的な要求である。
  6. 出典のない数値を社内資料から除く比率や統計を引用する際は、発行元・発行年・URLを併記できるものだけを使う。裏づけのない数値の流通は、それ自体が組織のデータ規律の水準を示す。

まとめ

DIは改ざん防止の別名ではなく、データが生まれてから廃棄されるまでの全期間にわたる信頼性の確保である。ALCOA+の9属性はその要求を分解したものであり、紙・電子・ハイブリッドのいずれにも等しく適用される。故意の改ざんと過失は動機の面で異なるが、是正の要求水準に差はない。不正を生むのは個人の資質ではなく、圧力・機会・正当化がそろう環境であり、その環境をつくるのは経営層が設定した指標と資源配分である。DIの改善は、システム設定の見直しと同じ重さで、KPIの見直しから始めなければならない。

本記事の関連として、FDAがDIに対してどのように姿勢を変えてきたかは「データインテグリティに関するFDAの期待と指導の変遷」で、21 CFR Part 11 の執行の現況は「Part11査察の再開」で扱っている。実際に不正が企業を破綻させた事例については「Able Laboratories社倒産事件」および「シェリング・プラウ社のQCデータ改ざん事件」を参照されたい。

出典

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しかしながら、データインテグリティは新しい概念ではありません。
紙媒体であれ、電子記録であれ、記録(データ)や文書の信頼性を担保することは極めて重要です。
いったいどんな手順書を作成すれば良いのでしょうか。
データインテグリティに関する手順書は、企業や組織で1冊作成すれば良いというものではありません。
現存の関連するすべての手順書にデータインテグリティを保証するための手順を埋め込んでいかなければなりません。

インテグリティ(integrity)を辞書で引くと「誠実」という意味であることが分かります。
では、データが誠実ということは何を意味するのでしょうか。
その答えは、規制当局にとってデータが信用できるということです。
そのためには、データは作成されてから現在までの経緯(例:変更)がわかるようにしておかなければなりません。
つまり紙媒体であれ、電子記録であれ監査証跡が必要です。
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したがって、データインテグリティは、「データの完全性」と訳されます。

ではいったい、データの完全性を担保するためには、どのような事項に留意するべきなのでしょうか。
またデータインテグリティが失われた場合、何が問題になるのでしょうか。

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一方において、FDAは1997年に21 CFR Part11を発行し、電子記録の信頼性に関する要求事項を明らかにしました。
しかしながら、その要件には実現が困難なものも多くありました。
特に問題となったのは、コンプライアンスコストです。
規制当局は、患者の安全性を担保するために規制要件を強化する必要がありますが、規制要件を強化しすぎるとコンプライアンスコストを高める結果となってしまいます。
製薬企業が負ったコンプライアンスコストは薬価に転嫁され、結果的には患者負担となってしまいます。
すなわち、いたずらにコンプライアンスコストを高めてしまうことは、逆に患者に負担を強いる結果となってしまうのです。
そこでFDAは、2003年に新しい医薬品監視指導方針として「リスクベースドアプローチ」という方法を発表しました。

FDAの最新のPart11の期待と指導はどのようになっているのでしょうか。
またFDAの査察官は、どのように電子記録の不正を見破るのでしょうか。

2015年には、イギリスのMHRAが「MHRA Data Integrity Definitions and Expectations」と呼ばれるガイダンスを発行し、2018年に改定されました。
その内容は非常に参考になります。
今後は世界の規制当局が同じようにデータインテグリティに関する期待を述べる機会が増えると思われます。
しかしながら、本邦においてはデータインテグリティに関するガイドラインが発出されていません。

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データインテグリティ手順書は企業で1冊作成すれば良いのではありません。
すべての組織、手順書の中にデータインテグリティの要件を追記することを求めています。
では、いったいどのような要件と手順を各SOPに記載すれば良いのでしょうか。
本データインテグリティ規程・手順書のひな形は、貴社の各手順書にデータインテグリティの要件を追記するためルールを規定しています。また要件を追記するための手順と要件を明らかにしています。”]

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しかしながら,多くの製薬企業・医療機器企業で業務を行っている方々から,講演・書籍を執筆しているコンサルタントに至るまで,適切にデータインテグリティを理解している人は少ないと思われる。本書は,データインテグリティの真意を適確に解説し,多くの思い込みや勘違いを正すために執筆した。

筆者は,多くの場合,データインテグリティは,「不正」に焦点が当てられているように感じている。しかしながら,データインテグリティにおいて焦点を当てるべきは,不正のみではないのである。 ・・・中略・・・

データインテグリティの目的の1つとして,データが改ざんされていないことを保証することが挙げられる。上述の通り,患者の安全性にとって,故意によるデータの改ざんも入力ミスや転記ミスといった事故による改ざんも等しく問題となる。
多くのデータインテグリティに関するセミナーや書籍においては,悪意のある不正な改ざんに焦点が当たり過ぎている感がある。
しかしながら,不正による改ざんがそんなに多いわけではない。製薬企業として確立し対応しなければならないのは,不正よりも悪意のない改ざんである。 ・・・中略・・・

本書では,データインテグリティを正しく理解した上で,患者の安全性を担保できるよう,データインテグリティの要求事項を適切に反映したSOP の作成方法についてわかりやすく解説した。本書が製薬業界における安全性担保の一助になれば光栄である。”]

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