医療機器の設計・開発・申請における規制要件入門 ~品質、有効性及び安全性の確保~ 5講 医療機器と有効性
医療機器の有効性は、机上の理屈ではなく、人に用いた結果によって示さなければならない。それを担うのが臨床評価である。本稿は「医療機器の設計・開発・申請における規制要件入門」の第5講として、臨床評価と臨床試験(治験)の関係、市販前・市販後を貫く継続的プロセスとしての臨床評価、そしてリスクベネフィット比が上市後にどう変化するかを整理する。2026年8月時点では、承認申請の添付資料に関する通知が令和8年3月31日付で一部改正され、リアルワールドデータ(RWD)が添付資料の項目として明文化された。臨床評価をめぐる実務は、いま静かに更新の局面にある。
臨床評価とは何か
医療機器は、その有効性と安全性を裏づける臨床データを収集し、評価しなければならない。この一連の行為を臨床評価という。
用語には注意が必要である。医療機器については「臨床評価」と呼ぶが、体外診断用医薬品(IVD)については「性能評価」と呼ぶ。IVDは検体を対象とし、患者の身体に直接作用するわけではないため、評価の設計思想そのものが異なる。診断薬・診断システムを扱う企業では、この用語の違いが社内文書の整合に影響する。
| 用語 | 対象 | 意味 |
|---|---|---|
| 臨床評価 | 医療機器 | 臨床データを収集・評価し、有効性と安全性を裏づける包括的なプロセス |
| 性能評価 | 体外診断用医薬品(IVD) | 検体を用いた分析性能・臨床性能の評価 |
| 臨床試験(治験) | 医療機器 | 臨床評価の一手法。医療機関に依頼し、実施計画書に基づいて被験者を組み入れて実施する |
| 臨床評価報告書 | 医療機器 | 臨床評価の結果をまとめた技術文書。承認・認証申請の添付資料として用いられる |
臨床試験は「治療的実験」を略した「治験」とも呼ばれ、臨床評価のなかでも最も統制された手法である。しかし、臨床評価=臨床試験ではない。臨床試験が求められる場合もあるが、多くの品目では臨床試験を実施せずに臨床評価を成立させる。
「すべての機器に臨床試験が必要」ではないが、「臨床データが不要」でもない
欧州MDRは、原則としてすべてのクラスの医療機器について臨床評価を求め、市販後臨床フォローアップ(PMCF)による継続的な更新を要求している。一方、日本では申請区分(後発・改良・新医療機器)や既存品との同等性の程度に応じて、臨床評価資料の要否と内容が判断される。「クラスIだから臨床評価は一切不要」と機械的に結論づけるのは危険であり、逆に「すべての機器に治験が要る」と考えるのも誤りである。上市を予定する地域ごとに、求められる臨床エビデンスの水準を個別に確認する必要がある。
臨床評価の三つの手法
臨床評価は、単一の方法ではなく、複数の手法の組合せで構成される。何をどこまで用いるかは、機器のクラス、新規性、既存品との差分によって決まる。
| 手法 | 内容 | 適する場面と留意点 |
|---|---|---|
| 文献レビュー | 科学技術文献を体系的に検索・評価し、臨床的エビデンスとして用いる | 既存技術に基づく機器に適する。検索戦略・選択除外基準・評価者の力量を文書化しなければ、根拠として認められにくい |
| 既存の臨床データの評価・解析 | 自社または他社の既存品に関する臨床データ、市販後データを用いる | 対象機器との同等性の論証が鍵。差分がある場合は、その差分が臨床的に無視できることを示す必要がある |
| 臨床試験(治験) | 実施計画書に基づき、医療機関で被験者を組み入れて実施する | 新規性の高い機器、既存品と作用機序が異なる機器で必要となる。医療機器GCP省令および国際規格ISO 14155(2026年発行の第4版が現行。2020年版は廃止)に基づいて実施する |
臨床試験の実施にあたっては、平成20年8月4日 薬食機発第0804001号(医療機器の臨床試験の実施に関する基本的考え方)が基本的な考え方を示している。また、臨床評価報告書の作成については、厚生労働省の通知は存在せず、日本医療機器産業連合会(医機連)の臨床評価委員会が作成し、PMDAが確認した「臨床評価報告書及び臨床評価相談用資料作成の手引き」(初版2016年2月1日、改訂2020年11月1日)が実務上の拠り所となっている。「厚労省通知に基づく臨床評価報告書」という表現は正確でない。
臨床評価はライフサイクルを通じた継続的プロセスである
臨床評価は、申請が終われば完了する作業ではない。医療機器のライフサイクル全体を通じて継続的に実施されるプロセスである。
市場参入に必要なデータを特定し入手する目的で、開発段階に実施するのが市販前臨床評価である。欧州では、CEマーキング取得時の臨床評価に加え、上市後も臨床評価を積極的に更新することが求められており、その仕組みがPMCF(Post Market Clinical Follow-up:市販後臨床フォローアップ)である。すなわち、設計開発中の臨床評価と、市場で実際に使われるなかで得られるリアルワールドデータ(RWD)による評価の、両方が必要になる。
なぜ継続的な臨床評価が必要か——リスクベネフィット比は上市後に悪化する
医療機器の開発段階では、想定されるリスクベネフィット比が評価される。リスクが存在しても、ベネフィット(効用)がそれを上回っていれば、その機器は上市し得る、という考え方である。
ここで実務上きわめて重要な認識がある。医療機器は上市して以降、有効性は下がる方向に、リスクは上がる方向に動くということである。
| 要素 | 変化の方向 | 主な原因 |
|---|---|---|
| ベネフィット(有効性) | 相対的に低下 | より優れた代替治療(新しい機器、新しい術式、内服薬など)の登場、技術革新による陳腐化 |
| リスク | 増加 | 開発・設計時には想定しなかった使用方法、使用エラー、経年劣化、想定外の使用環境で顕在化するハザード |
| リスクベネフィット比 | 時間の経過とともに悪化 | 上記の両方が同時に進行する |
したがって、リスクベネフィット比は継続的にモニタリングしなければならない。申請時点のリスクベネフィット比が現在も維持されているかを、定期的に評価し直す必要がある。この際に参照するのがstate of the art(最新の技術水準)という概念である。最新の規制要件、他社製品、類似製品、より優れた治療法や技術が登場していないかを、製品ライフサイクルを通じて監視し、必要に応じて設計変更につなげていく。
医療機器は「作り切り」の製品ではない
医療機器は、スマートフォンやパソコンと同様、継続的な技術改良とバージョンアップが求められる。有効性・安全性を担保したうえで設計変更を実施し、QOLの改善を進めていくことが期待される製品である。設計変更のたびに承認事項の一部変更が必要になるか否かの判断、そして変更計画確認手続制度(IDATEN)のような仕組みの活用は、ライフサイクル戦略の一部として計画されるべきである。
市販前臨床評価の進め方
- 臨床評価計画書を作成するまず製造販売業者が臨床評価計画書を作成する。臨床試験を実施する場合は、別途、治験実施計画書を作成する。何を、どの手法で、どの水準まで示すのかを事前に定めることが、後の手戻りを防ぐ。
- 臨床データを収集・評価する文献レビュー、既存の臨床データの評価・解析、臨床試験のいずれか、またはその組合せによって臨床データを収集する。手法の選択は、機器のクラス、新規性、既存品との差分によって決まる。
- 臨床評価報告書にまとめる得られた結果を臨床評価報告書として技術文書化し、申請資料に添付する。規制当局または認証機関は、この技術文書に基づいて当該機器の有効性を評価する。申請資料の全体構造については6講 医療機器申請と当局査察を参照されたい。
- リスクマネジメントへ接続する臨床評価で明らかになったハザードやリスクは、リスクマネジメントファイル(ISO 14971:2019/JIS T 14971:2020)へインプットし、必要な設計変更に反映する。臨床評価とリスクマネジメントは独立した作業ではない。
市販後臨床評価(PMS/PMCF)
上市後は、市販後調査(PMS:Post Marketing Surveillance)および市販後臨床フォローアップ(PMCF)の計画を作成し、それに沿って情報を収集する。
苦情や安全性情報の収集はGVP省令(平成16年厚生労働省令第135号)に基づいて実施する。あわせて、実際の臨床現場から得られるリアルワールドデータによって臨床データを蓄積する。開発時・設計時に想定できなかった新たなハザードやリスクが判明した場合は、リスクマネジメントへ差し戻して更新し、リスクを許容できる水準まで低減する設計変更を行う。
| 局面 | 日本 | 欧州(MDR) |
|---|---|---|
| 市販前 | 申請区分に応じて臨床評価資料を作成し、承認・認証申請の添付資料とする | 臨床評価計画に基づき臨床評価報告書(CER)を作成し、技術文書に含める |
| 市販後の情報収集 | GVP省令に基づく安全管理情報の収集・検討・措置。不具合報告・回収等 | 市販後surveillanceおよびvigilanceの枠組みに基づく報告 |
| 市販後の臨床データ | 使用成績評価、市販後調査等により収集。RWDの活用が進む | PMCF計画に基づき臨床データを継続的に収集し、CERを更新する |
| 報告文書 | 市販後調査報告書等 | PMCF評価報告書、PSUR等を定期的に作成・更新 |
リアルワールドデータ(RWD)の位置づけが明文化された
2026年時点で押さえておくべき変更点が、承認申請の添付資料に関する通知の改正である。医療機器の承認申請書に添付すべき資料の取扱いを定める平成27年1月20日 薬食機参発0120第9号(GHTFのSTED形式に基づく)は、令和8年3月31日 医薬機審発0331第7号により一部改正され、添付資料の項目「へ」にリアルワールドデータが明文化された。この改正は、整備省令(令和7年厚生労働省令第117号)の施行日である令和8年(2026年)5月1日以降の申請に適用される。
| 通知 | 原通知 | 令和8年3月31日付の一部改正 |
|---|---|---|
| 承認申請について(局長通知) | 平成26年11月20日 薬食発1120第5号 | 医薬発0331第13号 |
| 承認申請書の作成に関する留意事項 | 平成26年11月20日 薬食機参発1120第1号 | 医薬機審発0331第4号 |
| 添付資料の作成に関する留意事項(STED形式) | 平成27年1月20日 薬食機参発0120第9号 | 医薬機審発0331第7号(項目「へ」にRWDを明文化) |
平成17年2月16日 薬食機発第0216003号「添付資料概要作成の手引き」は、薬食機参発0120第9号により廃止されている。法令データベース上に全文が残っているため誤って引用されることがある。社内の申請手順書が古い通知を参照していないか点検されたい。
2026年時点で取るべき対応
- 添付資料の作成手順を令和8年改正に合わせる令和8年5月1日以降の申請には、RWDが明文化された改正後のSTED関連通知(令和8年3月31日 医薬機審発0331第7号)が適用される。申請様式・社内チェックリストを更新する。
- RWDの収集設計を市販前から組み込む市販後にRWDを提出できる形で蓄積するには、データ源、取得項目、品質管理の方法を上市前に決めておく必要がある。データインテグリティの要求(ALCOA+)を前提に設計する。
- 臨床評価報告書の根拠を正しく引用する厚労省通知は存在しない。医機連の「臨床評価報告書及び臨床評価相談用資料作成の手引き」(改訂2020年11月1日)を参照する。
- ISO 14155の版を更新する臨床試験に関する国際規格は2026年発行の第4版が現行であり、2020年版(第3版)は廃止された。治験関連手順書の参照版を確認する。
- リスクベネフィット比を定期的に再評価するstate of the artの監視を手順化し、競合品・代替治療・新規格の動向を定期的にレビューして、臨床評価報告書とリスクマネジメントファイルを更新する。
- 臨床評価とGVPを一本の線でつなぐ市販後の苦情・不具合情報がリスクマネジメントと臨床評価に確実に還流する経路を、手順として明示する。
出典
- 厚生労働省「医薬品・医療機器」
- PMDA「承認審査業務」
- PMDA「安全対策に関する通知等(医療機器)」
- 平成26年11月20日 薬食発1120第5号(令和8年3月31日 医薬発0331第13号により一部改正)
- 平成26年11月20日 薬食機参発1120第1号(令和8年3月31日 医薬機審発0331第4号により一部改正)
- 平成27年1月20日 薬食機参発0120第9号(令和8年3月31日 医薬機審発0331第7号により一部改正。項目「へ」にリアルワールドデータを明文化)
- 平成20年8月4日 薬食機発第0804001号(医療機器の臨床試験の実施に関する基本的考え方)
- 平成29年11月17日 薬生機審発1117第1号・薬生安発1117第1号(いわゆるリバランス通知)
- 日本医療機器産業連合会 臨床評価委員会「臨床評価報告書及び臨床評価相談用資料作成の手引き」(初版2016年2月1日、改訂2020年11月1日。PMDA確認済み)
- European Medicines Agency「Medical devices」

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