医療機器規制における設計管理入門
医療機器の品質不具合の多くは、製造現場ではなく設計段階に起源をもつ。だからこそ日米欧のいずれの規制も、設計開発を「計画し、記録し、検証し、変更を管理する」ことを事業者に義務づけている。本稿では、QMS省令(平成16年厚生労働省令第169号)第30条から第36条の2、ISO 13485:2016箇条7.3、そして2026年2月2日に施行された米国QMSR(21 CFR Part 820)の三者を対照しながら、設計管理の骨格を実務者向けに整理する。
1. 2026年、米国の設計管理は「条文の場所」が変わった
設計管理を論じるうえで、2026年時点でまず押さえるべき変化は米国にある。QSR(Quality System Regulation)時代の設計管理は21 CFR 820.30に置かれていたが、QMSR(Quality Management System Regulation)ではこの条文そのものが削除された。現在の根拠は§820.10(c)であり、同項は設計開発について、ISO 13485の箇条7.3およびその細分箇条に適合することを求める形に置き換わっている。
「21 CFR 820.30に基づく設計管理」は、もはや成り立たない
社内SOPやDHFの表紙に「21 CFR 820.30」を引用したままにしている企業は少なくない。QMSR施行後、この引用は存在しない条文を指す。参照先を§820.10(c)とISO 13485箇条7.3に改めることが、文書体系上の最初の宿題である。なお、ISO 13485の認証を取得していてもFDA査察が免除されるわけではない点は従来どおりである。
2. 三極の要求構造を突き合わせる
QMS省令は令和3年厚生労働省令第60号によりISO 13485:2016と整合化されている。そのため設計管理については、条文の並び順まで含めて三者がほぼ一対一で対応する。
| 要求事項の内容 | QMS省令 | ISO 13485:2016 | 米国QMSR |
|---|---|---|---|
| 設計開発の手順化・計画の策定 | 第30条 | 7.3.1/7.3.2 | §820.10(c)によりISO 13485箇条7.3を全面的に取り込む。QMSR独自の設計管理条文は置かれていない |
| 設計開発への工程入力情報 | 第31条 | 7.3.3 | |
| 設計開発からの工程出力情報 | 第32条 | 7.3.4 | |
| 設計開発照査 | 第33条 | 7.3.5 | |
| 設計開発の検証 | 第34条 | 7.3.6 | |
| 設計開発バリデーション | 第35条 | 7.3.7 | |
| 設計移管業務 | 第35条の2 | 7.3.8 | |
| 設計開発の変更の管理 | 第36条 | 7.3.9 | |
| 設計開発に係る記録簿 | 第36条の2 | 7.3.10 |
三者が同じ構造を共有しているということは、どれか一つに適合する手順書を整えれば残り二つの骨格も満たせるということである。三極それぞれに別々のSOPを立てる必要は、原則としてない。
3. 設計開発計画に何を書くのか
QMS省令第30条第4項は、設計開発計画に文書化すべき事項を六つ列挙している。すなわち、設計開発の段階、各段階における適切な照査、各段階における適切な検証・バリデーション・設計移管業務、設計開発に係る部門または構成員の責任および権限、工程入力情報から工程出力情報への追跡可能性を確保する方法、そして設計開発に必要な資源である。
見落とされやすいのは五番目の「追跡可能性を確保する方法」である。要求事項トレーサビリティマトリクスの作り方と維持の仕方をあらかじめ決めておけという要求であって、設計終了後に帳尻合わせで作る性質のものではない。また同条第3項は、計画を保管したうえで設計開発の進行に応じて更新せよと定める。初版のまま凍結された計画書は、それ自体が不適合となり得る。
4. 入力・出力・照査・検証・バリデーション
QMS省令第31条は、設計開発への工程入力情報として、意図した用途に応じた機能・性能・使用性および安全性に係る製品要求事項、法令の規定等に基づく要求事項、リスクマネジメントに係る工程出力情報たる要求事項、従前の類似設計から得られた適用可能な要求事項、その他設計開発に必須の要求事項を挙げる。注目すべきは、リスクマネジメントの出力が設計入力として明示的に組み込まれている点である。リスク分析が設計と分離した「別冊の書類」になっている状態は、この条文の要求と整合しない。
出力側(第32条)は、入力への適合に加えて、購買・製造・サービス提供のために適切な情報を提供すること、出荷可否決定等基準を含むかまたは参照できること、安全かつ適正な使用方法または操作方法に不可欠な製品特性を規定していることが求められる。設計出力が購買仕様や製造仕様の源流になるという構造が、条文上はっきり書かれている。
照査・検証・バリデーションは三つの別物である
設計開発照査(第33条)は、関連部門の代表者と当該設計に係る専門家を参加させて行う体系的なレビューである。検証(第34条)は出力が入力に適合するかの確認であり、バリデーション(第35条)はあらかじめ規定された機能・性能または意図した用途に係る要求事項への適合の実証である。この三者の混同は査察指摘の定番であるため、用語の切り分けについてはデザインレビューとデザインベリフィケーションの違いを参照されたい。また、設計管理と設計開発という語の使い分けについては設計管理と設計開発の違いとはで詳述している。
設計開発バリデーションについて、QMS省令第35条第3項および第4項は、初回の製造に係る一群の医療機器等およびロット(これらと同等であるものを含む)から代表製品を選択し、その選択の根拠を記録せよと求める。試作機だけでバリデーションを終える運用は、この要求を満たさない。
5. 設計移管業務 ― 第35条の2
令和3年改正で独立条文となった設計移管業務は、製造工程に係る仕様を決定する前に、設計開発からの工程出力情報が実際の製造に見合うものであるかを適切に検証していることを確認し、その工程を経ることで適合製品を適切に製造できることを確認する業務である。単なる部門間の書類の引渡しではない。詳しくは設計移管は量産移行だけではない理由を参照されたい。
6. 変更管理と記録簿(DHF)
設計開発の変更(第36条)については、変更の識別、影響の有無および程度の検証、あらかじめの照査・検証・バリデーション・承認が求められる。とりわけ第5項は、照査の範囲に、構成部品等、工程内の製品、既に引き渡された製品、リスクマネジメントに係る工程入力情報または工程出力情報、および製品実現に係る工程への影響の評価を含めよと明示する。すでに市場にある製品への影響を評価しない変更管理は、条文の文言上すでに不足である。
記録の名称は三極で異なる。旧QSRの用語であるDHFとDMRは、QMSRでは条文上の用語ではなくなった。
| 旧QSR(2026年2月1日まで) | 米国QMSR | ISO 13485:2016 | QMS省令 |
|---|---|---|---|
| Design History File(DHF) | 条文上の用語としては用いられず、ISO 13485の設計開発ファイルに置き換わる | 設計開発ファイル(7.3.10) | 設計開発に係る記録簿(第36条の2) |
| Device Master Record(DMR) | Medical Device File(MDF)の語を用いる(§820.3のReworkの定義中に登場) | 医療機器ファイル(4.2.3) | 製品標準書に相当する文書体系 |
| Design Controls(§820.30) | 削除。§820.10(c)経由でISO 13485箇条7.3を適用 | 7.3 | 第30条〜第36条の2 |
社内でDHFという呼称を使い続けること自体は差し支えない。問題になるのは、社内文書が根拠として引用している条文番号が実在しなくなっている場合である。呼称の維持と参照条文の更新は切り分けて考えるべきである。
7. 設計管理が適用される機器の範囲
三極とも、すべての医療機器に一律で設計管理を課しているわけではない。適用範囲の切り方が異なる点は、グローバルに製品を展開する企業ほど注意を要する。
| 制度 | 適用除外の考え方 | 根拠 |
|---|---|---|
| QMS省令 | 承認申請の対象となる医療機器等および指定高度管理医療機器等以外の製品には、設計開発の規定を適用しない。適用しない場合は、その旨と理由を品質管理監督システム基準書に記載する | 第4条第1項・第3項 |
| 米国QMSR | クラスIIおよびクラスIIIは全面適用。クラスIは、コンピュータソフトウェアで自動化された機器と、規則本文の表に掲げられた5品目のみ適用 | §820.10(c) |
| ISO 13485:2016 | 組織の役割に照らして適用できない要求事項は、その正当性を示したうえで品質マネジメントシステムに適用しないことができる | 箇条1(適用範囲) |
QMSRが名指しでクラスIに設計管理を課している機器は、次の5品目である。機器名は規則本文の英語表記であり、日本の一般的名称とは対応しない。
| 21 CFR 条番号 | 規則本文における機器名 |
|---|---|
| 868.6810 | Catheter, Tracheobronchial Suction |
| 878.4460 | Glove, Non-powdered Surgeon’s |
| 880.6760 | Restraint, Protective |
| 892.5650 | System, Applicator, Radionuclide, Manual |
| 892.5740 | Source, Radionuclide Teletherapy |
本稿は設計管理の範囲に絞っている。設計出力が購買仕様へ展開される過程は医療機器規制における購買管理入門、製造工程のバリデーションや据付け・附帯サービスは医療機器規制における製造及びサービスの提供入門、設計出力の一部である表示物・添付情報の管理は医療機器規制におけるラベリング・UDI・保管入門で扱う。
まとめ
QMS省令第30条〜第36条の2、ISO 13485箇条7.3、QMSR§820.10(c)は、いずれもISO 13485:2016の設計開発要求を共通の骨格としている。三極対応の実務は、一つの設計管理体系を三者の条文に正しく紐づけ直すことに尽きる。2026年時点で最も緊急性が高いのは、削除された21 CFR 820.30への参照が社内文書に残っていないかの点検である。
2026年時点で取るべき対応
- 参照条文の棚卸し設計管理SOP、DHF様式、品質マニュアル、供給者向け要求仕様書に残る「21 CFR 820.30」の記載を洗い出し、§820.10(c)およびISO 13485箇条7.3への参照に改める。
- 適用範囲の再確認自社製品を米国のクラス分類で棚卸しし、クラスIのうち§820.10(c)の対象に該当するものがないかを確認する。国内でQMS省令第4条第1項による設計開発規定の不適用を主張しているならば、その旨と理由が品質管理監督システム基準書に記載されているかを点検する。
- 計画書の生存確認進行中の全プロジェクトについて、設計開発計画が現状の段階構成・責任分担・資源計画を反映して更新されているかを確認する。初版のまま止まっている計画書は改訂する。
- リスクマネジメントと設計入力の接続リスク分析の出力が設計入力の要求事項として明示的に取り込まれ、入力から出力への追跡可能性が確保されているかをトレーサビリティマトリクス上で確認する。
- 変更管理の影響評価範囲の拡張設計変更の照査手順に、既に引き渡された製品およびリスクマネジメントの入出力への影響評価が組み込まれているかを確認し、欠けていれば手順を改訂する。
- 設計移管の証跡整備製造仕様を確定する前の検証確認と、その工程で適合製品を製造できることの確認について、記録が残る運用になっているかを点検する。
出典
- 医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年厚生労働省令第169号、令和3年厚生労働省令第60号による改正)/e-Gov法令検索
- 21 CFR Part 820 Quality Management System Regulation/eCFR
- Medical Devices; Quality System Regulation Amendments(最終規則、2024年2月2日公布、89 FR 7496、施行2026年2月2日)/Federal Register
- ISO 13485:2016 Medical devices — Quality management systems — Requirements for regulatory purposes(第3版、2016-03-01。国内対応規格はJIS Q 13485:2018)/ISO
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