設計移管(Design Transfer)の不備は査察の常連
「設計開発は完了した。あとは製造部門が図面どおりに量産するだけだ」ーーこの認識のまま設計移管(Design Transfer)を軽く扱う企業は、査察で高い確率で足をすくわれる。設計移管の不備は、指摘の常連だからだ。
設計移管とは、開発が生み出した設計成果を、量産の現場が確実に再現できる形へ正しく引き継ぐ活動である。ところが、この橋渡しでしばしば食い違いが生じる。開発が想定した規格と、製造が受け取った図面の数値が違う。
試作では熟練者が手作業で担保していた品質が、量産ラインの標準作業には落とし込まれていない。検査基準が開発と製造で微妙にずれているーーこうした綻びが、量産初期の不良や、出荷後のばらつきとなって噴き出す。なぜ食い違うのか。
開発と製造は、見ている世界が違うからだ。開発は「作れること」を証明できれば満足するが、製造は「毎回、誰がやっても、同じものを作れること」を求められる。試作室で一台作れることと、量産ラインで一万台を安定して作れることの間には、深い谷がある。設計移管とは、この谷に橋を架ける作業であり、橋の設計図が曖昧なら、渡る途中で荷が落ちる。
筆者は、設計移管の巧拙には「転職経験」に似たものが要ると考えている。開発の当たり前と、製造の当たり前は違う。両方の現場を知り、双方の常識のズレに気づける人間がいて初めて、橋は正しく架かる。
開発の内側だけで完結してきた技術者は、製造現場では何が当たり前でないかに気づけない。逆もまた然りだ。設計移管でつまずく組織の多くは、開発と製造の間に、両者の言葉を翻訳できる人が立っていないのである。
実務で効くのは「何をもって移管完了とするか」を先に定義しておくことだ。量産条件で作った製品が規格を満たすことを確認し、作業手順書、検査基準、治工具、教育までが現場にそろって初めて完了とする。図面を渡した日を移管完了と呼ぶのは、荷物を谷の手前に置いて「届けた」と言うようなものである。

査察で設計移管が確認されるのには理由がある。ここは、部門と部門の「あいだ」に落ちる工程だからだ。開発は「引き渡した」と思い、製造は「渡された仕様どおりに作っている」と思う。
双方が自分の持ち場は果たしたと信じているのに、その継ぎ目に責任の空白が生まれる。査察官はこの空白を見抜くのが巧みで、開発の設計出力と、製造現場で実際に使われている図面や規格を突き合わせ、そのわずかな食い違いを突いてくる。移管とは、誰かが明確に責任を持って「橋の両端をつなぐ」と決めない限り、必ずどこかがほどける工程だ。
橋の両端をつなぐ責任者を一人立てられるかどうかが、この工程の成否を静かに分けるのである。設計移管は、開発の終わりではなく、量産の始まりを支える工程だ。橋が架かって初めて、設計は現実の製品になるのである。
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