滅菌の基本知識
滅菌は「菌がいないことを検査で確かめる工程」ではない。滅菌された製品に微生物が残っている確率を、設計と管理によって十分に低い水準まで押し下げ、その根拠を文書で示す工程である。この一点を取り違えると、滅菌方法の選定も、滅菌条件の設定も、後段のバリデーションも、すべて筋の通らないものになる。本稿では医療機器・医薬品の品質保証および製造技術の実務者に向けて、滅菌という概念そのものを整理する。
「無菌」と「滅菌」は同じ意味ではない
用語の定義から確認する。最終滅菌法による無菌医薬品の製造に関する指針(厚生労働科学研究班が作成し、平成24年11月9日付け厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課事務連絡で参考送付されたもの)は、無菌を「生育可能な微生物が存在しないこと」、滅菌を「全ての種類の微生物を殺滅し、又は除去し、対象とする物の中に生育可能な微生物が全く存在しない状態を得ること」と定義している。
ここで問題になるのは、「全く存在しない」を実証する手段が存在しないことである。そこで導入されるのが無菌性保証水準(SAL:sterility assurance level)という指標であり、同指針では「適切な滅菌工程により滅菌された製品中の汚染菌の最大生存確率」と定義され、10のマイナスn乗で表される。
すなわち滅菌とは、「製品1個あたりに生育可能な微生物が存在する確率が100万分の1以下である」という確率的な状態を指す。ゼロではない。この確率は製品を試験して確かめられるものではなく、滅菌プロセスの設計と管理によって作り込むものである。
「滅菌済み」は検査結果ではない
出荷判定における無菌試験は、統計的にごく限られた汚染率しか検出できない。SAL 10のマイナス6乗という水準を試験で証明することは原理的に不可能である。したがって滅菌製品のリリースは、試験成績ではなくプロセスの妥当性の裏づけに依拠する。この構造の詳細はD値と滅菌レベル~測定不可能な滅菌状態を理解するで扱っている。滅菌を数値で扱うための三つの指標
微生物の死滅は、一定条件下ではおおむね対数的に進行する。初期菌数が10分の1、100分の1と桁で減っていくという挙動を前提にすると、滅菌は「時間(または線量)を掛けた分だけ桁が下がる」現象として定量的に扱える。この扱いを支えるのがD値・z値・F0値である。
| 指標 | 定義 | 表し方 | 実務上の役割 |
|---|---|---|---|
| D値 | 供試微生物の90%を死滅させ、生存率を10分の1に低下させるのに要する時間又は放射線量 | 分、kGy | 滅菌条件を設計するための基本単位 |
| z値 | D値が10倍変化するのに必要な温度 | ℃ | 異なる温度の処理を等価換算する |
| F0値 | プロセスの微生物致死量であって、z値10℃の微生物について121.1℃の温度に等価な加熱時間で表したもの | 分 | 湿熱滅菌の積算致死量を1つの数値で管理する |
表1の定義はいずれも「最終滅菌法による無菌医薬品の製造に関する指針」2.53~2.56による。同指針は湿熱滅菌について、原則として121.1℃・15分間の条件を適用し、これができない場合はF0が8を超える条件を適用すべきとしている。
D値は菌種と処理条件に固有の値であり、「この製品のD値」という言い方は成立しない。同じ芽胞でも担体・水分活性・製剤の組成が変われば抵抗性は変わる。D値を引用する際は、必ず菌株・温度(または線量率)・担体条件をセットで示す必要がある。
バイオバーデン――滅菌条件の出発点
滅菌前の製品に付着している生菌数をバイオバーデンという。滅菌は「初期菌数を何桁下げるか」という設計であるから、初期菌数が高ければ必要な処理量は増え、低ければ減る。バイオバーデンの測定方法はISO 11737-1:2018(2023年の定期見直しで現行版として確認済み)が規定しており、製品だけでなく無菌バリアシステムも対象に含まれる。
バイオバーデンそのものの管理や、その低減が滅菌条件に及ぼす影響については、バイオバーデンとはおよびバイオバーデン低減による滅菌時間短縮と製品品質への影響で詳述しているため、本稿では立ち入らない。
主な滅菌方法と適用対象
工業的に用いられる滅菌方法は限られている。どれを選ぶかは、製品の耐熱性・耐湿性・耐放射線性、形状(内腔の有無)、包装材、生産量、そして残留物のリスクによって決まる。
| 方法 | 作用の原理 | 代表的な適用対象 | 主な制約 |
|---|---|---|---|
| 高圧蒸気(湿熱) | 飽和蒸気の湿熱による微生物のたん白変性 | 注射剤、金属器具、耐熱性樹脂、繊維製品 | 耐熱性・耐湿性が必要。熱に弱い電子部品や光学部品には適用できない |
| エチレンオキサイド(EOG) | アルキル化による不活化 | 内腔を持つ器具、複合材料、熱に弱いディスポーザブル製品 | 残留物のエアレーションが必須。処理時間が長く、作業者ばく露と排ガス処理の管理を要する |
| 放射線(ガンマ線・電子線・X線) | 電離放射線による核酸等の損傷 | 最終包装済みのディスポーザブル製品、大量生産品 | 樹脂の変色・脆化など材料劣化が起こり得る。委託照射が前提となる場合が多い |
| 過酸化水素蒸気(VH2O2) | 酸化による不活化 | 熱に弱い機器、EOGからの切替え対象製品 | 吸収性の高い材料(セルロース等)や細長い内腔では浸透が課題となる |
| 乾熱 | 乾燥高温による酸化的破壊 | ガラス器具、金属、油性・粉末製剤、脱パイロジェン処理 | 処理温度が高く時間も長い。適用できる材料が限られる |
近年の動向として、米国FDAは滅菌方法を「Established Category A」「Established Category B」および新規手法に区分して運用しており、長期の使用実績とFDAが認知した個別規格が存在する方法をCategory Aとして扱っている。低温過酸化水素蒸気についてはISO 22441:2022が制定・認知されたことに伴い、Established Category Aとして位置づけられた(FDA「Sterilization for Medical Devices」)。EOGへの依存を下げる選択肢として、設計段階から検討する価値がある。
最終滅菌法と無菌操作法の違い
製品を最終容器・包装に収めた状態で滅菌するのが最終滅菌法、滅菌済みの構成要素を管理された環境下で組み立て・充てんするのが無菌操作法である。両者は「無菌性をどこで作り込むか」がまったく異なる。
| 観点 | 最終滅菌法 | 無菌操作法 |
|---|---|---|
| 処理の対象 | 最終容器又は包装に収められた状態の製品 | 滅菌済みの容器・栓・薬液などの構成要素 |
| 無菌性の担保 | 滅菌プロセスの物理パラメータと微生物学的評価 | 作業環境の清浄度管理、無菌操作、プロセスシミュレーション |
| 到達水準の考え方 | 通例、SAL 10のマイナス6乗以下が得られる条件で実施 | SALとして定量表現しない。工程の管理状態で保証する |
| 滅菌後の汚染機会 | —(包装内で滅菌するため原理的に生じない) | 充てん・閉そくの各操作に汚染機会が存在する |
| 主な適用 | 耐熱性のある注射剤、ディスポーザブル医療機器 | 熱に耐えられない製剤、生物学的製剤 |
無菌操作法の要件は無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針(平成23年4月20日付け厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課事務連絡)に整理されている。清浄度レベル、環境モニタリング、CIP/SIP、ろ過滅菌、アイソレータ/RABS/ブローフィルシール、プロセスシミュレーションなど、最終滅菌法とは別系統の管理項目が並ぶ。
方法選定で見落とされやすい論点
残留物の管理
EOG滅菌では、製品に残るエチレンオキサイドおよびエチレンクロロヒドリンの許容限度値と測定手順がISO 10993-7:2026で規定されている。エアレーション条件は滅菌サイクルと一体で設計・検証すべき対象であり、「滅菌さえできればよい」という発想では成立しない。
包装は滅菌方法の一部である
滅菌剤が製品に到達するには包装を透過しなければならず、滅菌後は微生物の侵入を阻止しなければならない。無菌バリアシステムは滅菌方法とセットで選定・検証される。医療機器品質管理監督システム省令(QMS省令、平成16年厚生労働省令第169号)第46条が、滅菌工程と無菌バリアシステムに係る工程を並列に扱っているのはそのためである。
材料への影響
放射線滅菌では線量が上がるほど樹脂の物性変化が進み、湿熱滅菌では寸法変化や加水分解が起こり得る。滅菌方法の変更は、生物学的安全性評価や性能試験のやり直しを伴う設計変更である。
まとめ
滅菌とは「菌がいない状態を確認すること」ではなく、「生育可能な微生物が残る確率を原則10のマイナス6乗以下に抑え込んだと科学的に説明できる状態」を作ることである。D値・z値・F0値はその説明を数値で成立させるための道具であり、バイオバーデンはその出発点である。滅菌方法の選定は、製品の材質・形状・包装・残留物リスクを踏まえた設計判断であって、後から差し替えられるものではない。そして、その設計が妥当であることを立証する手続きが滅菌バリデーションである。2026年時点で取るべき対応
- 滅菌の定義を社内文書で統一する「滅菌済み」「無菌」「無菌性保証水準」の3語が社内標準・仕様書・ラベルで混用されていないかを点検し、SALは原則10のマイナス6乗以下という前提を明文化する。
- D値の引用条件を明示する設計文書や滅菌条件の根拠資料に記載されたD値について、菌株・温度または線量・担体条件が併記されているかを確認する。条件のないD値は根拠として使えない。
- 滅菌方法の選択理由を文書化するなぜその方法を選んだのか、代替方法をなぜ採らなかったのかを設計管理の記録として残す。特にEOGを採用している製品は、過酸化水素蒸気や放射線への切替え可能性を一度は評価しておく。
- EOG残留の評価をISO 10993-7:2026で見直す2008年版とその追補に基づく評価しか持っていない場合、現行版との差分を確認し、必要ならエアレーション条件と試験計画を更新する。
- バリデーションの進め方に接続する滅菌方法ごとの規格体系、IQ/OQ/PQの役割、滅菌条件の設計法、再バリデーションの契機は滅菌バリデーションの要点に整理している。本稿の理解を前提に読み進めてほしい。
出典
- 厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課「最終滅菌法による無菌医薬品の製造に関する指針」(平成24年11月9日事務連絡・全面改訂版)https://www.pmda.go.jp/files/000157068.pdf
- 厚生労働省医薬食品局監視指導・麻薬対策課「無菌操作法による無菌医薬品の製造に関する指針」(平成23年4月20日事務連絡・改訂版)https://www.pmda.go.jp/files/000206144.pdf
- 厚生労働省「滅菌バリデーション基準の制定について」(令和4年10月17日 薬生監麻発1017第1号)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc7110
- 医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年厚生労働省令第169号)第46条 https://laws.e-gov.go.jp/law/416M60000100169
- ISO 11737-1:2018 Sterilization of health care products — Microbiological methods — Part 1 https://www.iso.org/standard/66451.html
- ISO 22441:2022 Sterilization of health care products — Low temperature vaporized hydrogen peroxide https://www.iso.org/standard/73214.html
- ISO 10993-7:2026 Biological evaluation of medical devices — Part 7: Ethylene oxide sterilization residuals https://www.iso.org/standard/84824.html
- U.S. FDA「Sterilization for Medical Devices」https://www.fda.gov/medical-devices/general-hospital-devices-and-supplies/sterilization-medical-devices
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