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クリティカルシンキングの導入

コンピュータ化システムバリデーション(CSV)の世界では、長らく「文書」が主役だった。まず膨大な手順書とテストスクリプトを整え、そのフォーマットを埋めることに労力の大半が費やされる。テストは文書を完成させるための作業と化し「そもそもなぜこの検証が要るのか」という肝心の問いは、いつしか後景へ退いていた。

順序が、逆さまだったのである。いま起きているのは、その順序の立て直しである。特定の一工程ではなく、保証活動の全体を貫く基盤としてクリティカルシンキング(批判的思考)を置き、その上で考えを次のように組み立てる。

すなわち、まず「このシステムや機能に不具合が生じた場合、患者安全、製品品質、データの信頼性にどのような影響が及ぶか」を考える。そのリスクに応じて必要な保証水準を定め、目的に適したテスト方法を選択し、判断根拠と結果を過不足なく記録する。文書は目的そのものではなく、合理的な判断と保証活動を裏付ける証拠として位置づけられるのだ。

ここで大切なのは、クリティカルシンキングを最初の一工程として終わらせないことである。リスク評価、供給者の評価、テスト方法の選択、結果の解釈、文書化の程度に至るまで、保証活動の全体を通じて問い続けなければならない。

これは思いつきではない

この発想は、一部の実務家の思いつきではない。GAMP 5 第2版(ISPE、2022年7月発行)は、知識と経験を持つ担当者(SME、Subject Matter Expert)によるクリティカルシンキングを繰り返し求めている。FDAのCSA(Computer Software Assurance)ガイダンスも、とりわけ医療機器の製造・品質マネジメントシステムで用いるソフトウェアを対象に、リスクに応じて保証活動の程度を決める考え方を示しており、GAMP 5 第2版と同じ方向性を持つ。

もっとも両者は適用対象や文書としての位置づけまでが一致するわけではなく、方向性を共有していると理解するのが正確である。「まず考え、次に保証を設計し、テストと文書はそれに従う」。これが、近年あらためて強調されている保証アプローチの基本的な考え方である。

初心者のために、クリティカルシンキングを噛み砕いておこう。それは難解な理論ではなく「チェックリストを埋める前に、問いを立てること」である。

  • この機能が壊れたら誰が困るのか。
  • 最悪の場合どんな危害が及ぶのか。
  • その危害はどれほど起こりやすいのか。
  • 供給者が実施した開発、検証、テストについて、信頼できる客観的証拠はどこまで利用できるのか。

こうした問いに答えていくと、どこに労力を集中すべきかがおのずと見えてくる。手順に従うのではなく、手順の意味を問う。それがクリティカルシンキングの出発点である。

長年、古びない教材

筆者がこの考え方に本格的に出会ったのは、GAMP 5が世に出た直後、デンマーク・コペンハーゲンで開かれた二日間のセミナーであった。そこで持ち帰った教材の原型に手を入れながら、以来、約18年にわたって使い続けている。年月を経ても核心が古びないのは、それが特定の手順ではなく「考え方」そのものを扱っているからだ。

手順は規制が変われば古くなる。だが、リスクを見抜き、必要な保証を設計するという思考は、時代を越えて通用するのである。

ここで最も強調したいのは、クリティカルシンキングの「主語は誰か」という点である。ときに「自社ではリスクを判断できない」という声を聞くが、この姿勢には注意が必要である。個々の担当者がすべてを把握する必要はない。

しかし、自社の製品、プロセス、そして患者への影響を最もよく理解できるのは、各分野の専門家を結集できる企業自身である。査察官は査察の専門家ではあっても、個別企業の製品・プロセスの細部までを、企業自身ほど把握しているわけではない。だからこそ企業には、業務部門、品質部門、IT、供給者など関連する専門家の知識を結集し、どこにリスクが潜み、なぜその保証で十分と言えるのかを、査察官に対して合理的かつ一貫して説明できる状態を整える責任がある。「リスクは分からない」で済ませるのではなく、専門家の知識を統合してリスクと保証方針を論理的に示すこと、それが企業に求められる姿勢なのである。

ねらいは削減ではなく、配分

もっとも、クリティカルシンキングは「テストや文書を減らすための口実」ではない。ねらいは労力の削減ではなく、労力の正しい配分である。重要な機能には従来以上の厳格さを注ぎ、リスクの低い部分では過剰な文書作成をやめる。

削れるのは「考えずに積み上げていた作業」であって、「考えた末に必要と判断した保証」ではない。ここを取り違えると、クリティカルシンキングは単なる手抜きの言い訳に堕してしまう。順序を変えるとは、思考を先頭に戻すことである。

文書を埋める作業から、リスクを見抜く思考へ。その転換を、製品とプロセスの専門家である企業自身が引き受けたとき、CSVはようやく本来の目的、すなわち患者と製品品質を守ることに立ち返るのである。

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