不正とうっかりミス、患者にとって危険なのはどっち?
データを書き換えて、基準に合わない医薬品を出荷する。原料の量を量り間違えたことに誰も気づかず、同じように基準に合わない医薬品を出荷してしまう。前者は故意の不正で、後者はうっかりミスである。
罪の重さは明らかに違う。では、その薬を飲む患者にとって、危険の大きさは違うだろうか。
患者への影響は「同じ」である
答えは「同じ」である。故意か過失かは、法的な責任や処分の重さを大きく左右する。しかし、患者の体への影響を左右するわけではない。
例えば、5ミリグラムの錠剤を作るはずが、原料の秤量を誤って10ミリグラムの錠剤ができてしまったとする。それが不正の結果でも、うっかりミスの結果でも、患者の体に入る有効成分の量は変わらない。効き目が強すぎれば、健康被害が起きる。
患者の立場から見れば、作った人に悪意があったかどうかは関係がないのである。医薬品は一度にまとめて作られ、同じロット(同じ条件でまとめて製造した単位)の製品が多くの患者に届く。たった一つのミスが、多くの人の健康被害につながりうる。
これが医薬品や再生医療等製品の怖さである。しかも、医薬品の品質の多くは見た目では分からない。有効成分の量を確かめる試験の多くは、製品を溶かしたり砕いたりする破壊試験であり、すべての錠剤を試験することはできない。
患者も、飲む前に中身を確かめる手段を持たない。製造段階で見逃された誤りは、そのまま患者に届いてしまう。問題に気づいたときには、同じロットの製品がすでに多くの患者の手元にあることもある。
もちろん、不正は決して許されない。社会の信頼を裏切る行為であり、厳しく罰せられるべきである。それを大前提としたうえで、筆者は製薬企業の方々にいつもこう伝えている。最も防がなければならないのはヒューマンエラーである、と。
不正よりもヒューマンエラーが手ごわい理由
不正は、誰かが意図して行うものである。だから、経営者が品質を最優先する姿勢を示し、内部監査やデータの管理を強化し、声を上げやすい風土を作ることで、減らしていくことができると筆者は考える。発覚すれば厳しい処分を受けるという抑止力も、ある程度は働く。
ヒューマンエラーは違う。真面目で誠実な人にも、一定の確率で必ず起きる。しかも本人は、自分が間違えたことに気づいていない。
罰を重くしても、人は間違える。鉄道総合技術研究所の実験では、対象を指差して声に出す「指差呼称」をしても、1,000回に約4回は押し間違いが起きた。一人で目・指・声の三重チェックをしても、誤りは残るのである。

言い換えれば、不正は「やらない」と決めれば防げるが、ヒューマンエラーは「やらない」と決めても防げない。不正をする人は、職場のごく一部だろう。しかしヒューマンエラーは、全員が毎日起こしうる。患者を危険にさらす機会の多さで考えれば、ヒューマンエラーは決して軽視できないのである。
ミスの原因の多くは「手順」にある
製薬業界のヒューマンエラーについて、よく引用される分析がある。米国を拠点にヒューマンエラー対策のコンサルティングを行う産業・組織心理学者、ジネット・コラーゾ氏が、製薬企業の製造工程で起きた逸脱の調査記録を分析したものである。それによると、逸脱の80%以上がエラーに関係していた。
そしてエラーに関わる事象の原因を分類すると、50%以上が手順書に関係し、その多くは手順が不完全であったり分かりにくかったりするものだった。教育訓練(知識や技能)に関係するものは8〜10%、作業者個人の問題とされるものは10%未満にとどまったという。残りの約30%は、設備の故障や監督、コミュニケーションなどの要因だった。

一つの分析結果ではあるが、示唆は大きい。ミスが起きたとき、原因の大半は「人」ではなく「手順」の側にある可能性が高いということである。この分析で見る限り、教育訓練を充実させるだけでは、エラーの原因の1割程度にしか手が届かないことになる。
例えば・「適量を加える」とだけ書かれた手順書。・よく似た二つの容器を見分ける方法が書かれていない手順書。・設備の配置と記載の順番が食い違っている手順書。
こうした手順書のもとでは、誰が作業してもミスが起きやすい。作業者を入れ替えても同じミスが起きるなら、原因は人ではなく手順にあると考えるべきである。ミスをした人を責める前に、別の人が同じ手順書で作業しても同じことが起きないかを考えてみるとよい。
「作業者の不注意」で終わらせない
ミスが起きたとき、報告書に「作業者の不注意。再教育を実施した」と書いて終わらせる例は少なくない。教育訓練は有効である。
しかし、分かりにくい手順書のまま再教育しても、分かりにくいやり方をもう一度教えるだけである。手順が適切でなければ、どれほど教育訓練をしてもミスは再び起きる。過去の報告書を振り返り、同じ手順書のもとで同じミスが繰り返されていないか確かめてみてほしい。

そこで重要になるのがRCA(Root Cause Analysis:根本原因分析)である。代表的な進め方に「なぜ」を繰り返す方法がある。なぜ作業者は失敗したのか。
手順に従わなかったのなら、なぜ従わなかったのか。そもそも手順はあったのか。なかったのなら、なぜなかったのか。

例えば、秤量値の転記ミスが起きたとする。なぜ転記を誤ったのか。秤の表示を読んでから記録するまでに、容器を移す作業が挟まっていたからである。
なぜ挟まっていたのか。手順書がその順番になっていたからである。こう掘り下げれば、対策は「注意する」ではなく「手順の順番を変える」「秤の値を自動で記録する」になる。筆者の経験でも、規制当局の査察では、原因を「ヒューマンエラー」の一言で片づけた報告書は厳しく問われることが多い。
ミスを隠させない
ヒューマンエラーについて、筆者が大切にしている三つの教訓がある。1.人は失敗をする。2.失敗を隠そうとするのは自然な心理である。3.だから、失敗を繰り返さない仕組みを作る。

二つ目の教訓は特に重要である。ミスをした人が厳しく責められる職場では、ミスは報告されなくなる。報告されないミスは直せない。
隠されたミスは、不正と同じように、基準に合わない製品を患者に届けてしまう。逆に、小さなミスやヒヤリハット(事故には至らなかったが、ひやりとした出来事)の段階で報告されれば、患者に届く前に手順を直すことができる。ミスの報告を評価し、原因を個人ではなく仕組みに求める姿勢が欠かせない。三つ目の教訓にある「仕組み」こそが、QMS(品質マネジメントシステム:品質を管理する仕組み)である。
まとめ
- 故意の不正でも、うっかりミスでも、患者の安全への影響は同じである
- 不正は許されないが、誰にでも起きるヒューマンエラーこそ、品質管理で最も防ぐべきものである
- ミスの原因の多くは手順にあるとされる。「なぜ」を繰り返し、手順と仕組みを直すことが再発防止になる
ヒューマンエラーを防ぐことは、品質管理の基本中の基本である。「犯人」を探すより、「手順」を疑う。その姿勢が、結果として患者を守ることにつながる。
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