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FDA

FDAとは何者か

三権分立の国が生んだ世界最強の規制当局

はじめにーー「FDAの言うことは絶対」という誤解

製薬・医療機器業界にいれば、FDA(米国食品医薬品局)の名を聞かない日はない。世界最大の医薬品市場を握り、その査察や警告書(Warning Letter)は世界中の企業を震え上がらせる。しかし、FDAがどんな法的基盤の上に立ち、どんな仕組みで規則を作り、なぜあれほど強大なのかを正確に説明できる人は意外に少ない。

本連載ではここから、日本の制度解説と織り交ぜながら、FDAの歴史を9回にわたってたどっていく。その歩みは「悲劇が起こるたびに法律が作られてきた」歴史であり、規制の一つひとつに理由がある。まず本稿では、FDAという組織の素顔と、米国という国の統治構造から見ていく。

FDAはFDC法の下で活動するーー法律を作れない規制当局

FDAの活動の根拠は、連邦食品・医薬品・化粧品法(Federal Food, Drug, and Cosmetic Act:FDC法)である。米国における薬機法に相当する法律であり、FDAはこの法律の授権の範囲でのみ規制を行うことができる。ここで重要なのが、米国の三権分立である。

米国では司法・立法・行政の三権が完全に独立しており、行政府が法律案や改正案を議会に提出することはできない。立法の権利は議会にあり、FDAが「法律を改正しなければならない」と考えた場合は、議員に委ねるしかない。日本では内閣提出法案が立法の大半を占めることを思えば、これは大きな違いである。

FDAの歴史で繰り返される「悲劇→世論→議会立法→FDAの権限拡大」というパターンは、この構造の産物なのである。また、FDAがFDC法のもとに告発した事案は、裁判所がその審判を行う。FDAは自ら罰を下すのではなく、司法の場で争う執行機関なのである。

さらに連邦法は州をまたぐ取引(州際取引)に適用されるのが原則であり、州をまたがらない取引には州法が適用される。連邦制の国ならではの建付けである。

CFRとガイダンスーー「規則」は法律ではない

FDAが定める具体的な要求事項は、CFR(Code of Federal Regulations:連邦行政規則集)に収載される。CFRは全50タイトルから成り、その第21分冊(Title 21)が「Food and Drug」、すなわちFDAの担当領域である。21 CFRにはPart 1から1499までの章が用意され、医薬品GMPは Part 210/211、電子記録・電子署名は Part 11、医療機器の品質システムは Part 820 といった具合にカテゴリー別に整理されている。

注意すべきは、CFRはあくまで規則であって法律ではないという点である。したがってCFR違反そのものを根拠に刑事訴追はできず、法的措置はFDC法に基づいて行われる。CFRの下位にはガイダンスがあり、業界向け(Guidance for Industry)とFDA職員向け(Guidance for Staff)の2系統が存在する。

ガイダンスの内容はあくまでFDAの推奨事項であり、多くのガイダンスには「代替方法の採用は構わない」と明記されている。法律・規則・ガイダンスの階層を正しく理解することが、FDA対応の第一歩である。

「行政指導」がない国ーー透明性と訴訟社会

FDAが規則を発効させるには、決められた段階を踏まなければならない。第一段階は「規則制定の事前通告」、第二段階は「規則案の通告」とパブリックコメントの募集、最終段階は「最終規則の公示」とパブリックコメントへの回答・発効日の通告である。規則案を公示しても、反対が多くて最終規則に至らず立ち消えになることも珍しくない。

米国では政府の規則立案に徹底した透明性が求められるのである。ここが日本との際立った違いである。日本には「行政指導」という仕組みがあり、政府機関は通知や事務連絡によって要事にすぐさま対応できる。

米国でこの行政指導のようなことを行えば、すぐさま訴訟になる。FDAの規制がすべて文書化され、公示され、コメントへの回答まで公開されるのは、訴訟社会における当局の自己防衛でもある。逆に言えば、FDAの要求はすべて文書で確認できるということであり、企業側も「文書に書かれた根拠」で対応する姿勢が求められる。

巨大官庁FDAの守備範囲

FDAは保健福祉省(HHS)に属し、医薬品・医療機器・食品・化粧品・動物用医薬品・タバコまでを所管する。米国民の消費支出の約2割に相当する製品がFDAの規制対象と言われるほどの守備範囲である。医薬品はCDER(医薬品評価研究センター)、生物製剤はCBER、医療機器はCDRHが審査を担い、査察はORA(規制業務部)が担う。

この巨大組織が、FDC法という一本の法律を根拠に動いている。執行の場面にも三権分立の構造が表れる。FDAの査察官は査察終了時に指摘事項をForm 483という文書で企業に手交するが、483自体は行政処分ではなく「観察事項」である。

改善が不十分であればWarning Letter(警告書)が発出されるが、これも法的には「違反状態にあるというFDAの見解の通知」であり、真に強制力のある措置ーー製品の差押え、販売差止め、刑事訴追ーーは、FDAが司法省を通じて裁判所に求める建付けになっている。それでも企業がWarning Letterを恐れるのは、内容がウェブで全世界に公開され、取引先・病院・投資家の目に触れるからである。訴訟社会の当局は、強制力の代わりに「透明性」という武器を使いこなしているのだ。

日本企業にとってこの構造を知る実益は大きい。FDAの要求はすべてFDC法・CFR・ガイダンスのどれかに根拠があり、査察での指摘も必ず条文を引用して行われる。つまり、根拠を求めれば必ず文書が示され、文書に基づいて反論することも許される相手なのである。「お上の意向を忖度する」日本流の当局対応をFDAに持ち込むと、かえって議論が噛み合わなくなる。

おわりにーー悲劇が法律を作った

では、この巨大官庁はどこから来たのか。意外に思われるかもしれないが、FDAの出身母体は保健当局ではなく農務省であり、最初の仕事は薬の審査ではなく食品の化学分析であった。次回は時計を19世紀に巻き戻し、FDAの名前に「食品」が先に来る理由から話を始めたい。

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