シェフの小籠包と家庭の小籠包
ーー味の差は「腕」ではなく「レシピ」
同じ小籠包でも、料理店のシェフが作ると美味しく、家庭で見よう見まねで作ると、なかなか同じ味にならない。多くの人は、その差を「腕の違い」だと考える。しかし筆者は、差を埋める鍵は別のところにあると考えている。
それは、書かれたレシピである。本稿では、小籠包を例に、品質管理における文書と記録の役割を考える。
味の差を生むものは何か
料理店のシェフは、毎日同じ味の小籠包を出している。皮の粉と水の配合、餡の材料の分量、包み方、蒸す時間。これらが決まっていて、そのとおりに作っているからである。
一方、家庭で作るときはどうだろう。分量は目分量で、蒸し時間は「そろそろいいかな」で決める。うまくできる日もあれば、皮が破れたり、餡がぱさついたりする日もある。

では、家庭でシェフと同じ味を出すことは不可能なのか。そうではない。シェフの詳しいレシピがあり、そのとおりに作れば、家庭でもかなり近い味を出せる。
もちろん腕の差がゼロになるわけではない。しかし、味のばらつきの多くは、腕よりもレシピの有無から生まれているのである。家庭で作る人の腕が劣っているという話ではない。
プロの料理人でも、初めて作る料理はレシピを見る。レシピがなければ、プロでも毎回同じ味を出し続けるのは難しいだろう。逆に、シェフの技も言葉にしてレシピに書き込めば、店の財産として残せる。
シェフが店を離れても、味は残るのである。大切なのは、レシピがあれば、誰が作っても、いつ作っても、同じ品質で作り続けられるという点である。これこそが品質保証の考え方である。
品質管理の「レシピ」は文書である
製造現場でレシピにあたるのが、QMS(品質マネジメントシステム:品質を管理する仕組み)の文書である。QMSの文書は、作業をする人が間違いなく作業を実施できるようにするためのものである。担当者の頭の中だけにあるやり方は、その人が休んだ日や辞めた日に失われてしまう。
文書にして初めて、組織のやり方になる。手順書が作業の「やり方」を示す文書だとすれば、指図書は「今回のロットで何をどれだけ作るか」を示す文書である。レシピでいえば、手順書が基本のレシピ、指図書が「今日は50個分作る」という注文票にあたる。
文書を書くときは、5W1Hを意識するとよいと言われる。誰が(Who)いつ(When)どこで(Where)何を(What)なぜ(Why)どのように(How)行うのか。レシピでいえば、どの工程を、どの順番で、どの材料をどれだけ使い、何分蒸すのかである。
「適量」「しっかり」といったあいまいな言葉では、人によって解釈が変わってしまう。5W1Hがそろっていれば、初めてその作業をする人でも迷わずに済む。中でも見落とされやすいのが「なぜ」である。
「生地を30分寝かせる」とだけ書くと、忙しい日には「10分でいいだろう」と省かれるかもしれない。なぜ寝かせるのか、省くと何が起きるのかまで書いておけば、省略の危険が伝わる。
書いたとおりにやり、やったとおりに記録する
QMSの基本は、とても単純である。まずルールを決める。次に、ルールのとおりに実行する。
そして、実行したとおりに記録する。言い換えれば、「やっていることを書く、書いたことをやる、やったことを記録する」である。最初の「やっていることを書く」とは、実際に良い結果を出しているやり方を、まず文書にするということである。
机の上で理想の手順を作っても、現場で実行できなければ意味がない。三つのうち一つでも欠ければ、品質は保証できない。ルールがなければ、実行が正しいか判断できない。
実行がルールどおりでなければ、ルールは飾りになる。記録がなければ、ルールどおりに実行したことを誰にも示せない。記録は、文書に基づいて実際に行ったことや、その結果を書き残したものである。
品質マネジメントの用語を定めた規格ISO 9000の2015年版では、記録を「達成した結果を記述した、又は実施した活動の証拠を提供する文書」と定義している。小籠包でいえば「今日は何時に、誰が、どの袋の粉を使い、何分蒸したか」を書き残すことである。記録は、作業をした直後に書くことが大切である。一日の終わりに記憶を頼りにまとめて書いた記録は「やったこと」ではなく「やったはずのこと」になってしまう。
記録があるから改善できる
ある日、小籠包の皮が破れやすくなったとする。レシピと記録を並べて見比べると、その日から粉の袋が新しいものに替わっていた。原因の候補が一つ見つかる。
記録がなければ「今日は調子が悪かった」で終わってしまう。原因が分かれば、対策を考えられる。粉を受け入れるときの確認項目を増やす、配合を調整するといった対策をレシピに反映すれば、次からは誰が作っても同じ失敗は起きにくい。
一人の気づきが、レシピの改訂を通じて全員の力になるのである。記録がなければ、改善したつもりの変更が本当に効いたのかも確かめられない。製造現場でも、記録は原因をたどる手がかりになり、改訂された手順書が改善を全員に行き渡らせる。
記録は「変えてはいけない事実」
ここで、文書と記録の違いを押さえておきたい。レシピ、つまり文書は、改訂してよい。もっと美味しくする方法が見つかれば、レシピを書き換え、全員が新しいレシピで作ればよい。
ただし改訂するときは、何を、なぜ変えたのかを残し、古いレシピと新しいレシピが現場で混ざらないようにする。改訂の履歴があれば、いつから味が変わったのかも後からたどれる。一方、記録は改訂してはいけない。
記録は「やったこと」を残した、変更されない事実だからである。後から都合よく書き換えれば、それは改ざんになる。書き間違いを訂正したいときは、元の記載が読めるように訂正し、誰が、いつ、なぜ訂正したのかという「訂正の記録」を残す。
手書きの記録であれば、誤った記載を二重線で消し、正しい内容と訂正者、日付、理由を書き添える。修正液で消したり、塗りつぶしたりしてはならない。医療機器の品質マネジメント規格ISO 13485も、記録の変更を識別できるようにすることを求めている。
記録を書き換えたくなるのは、多くの場合、結果が基準から外れていたときである。しかし、その記録こそが、問題に気づき、原因を探るための手がかりになる。製薬企業や医療機器メーカー、そして製薬企業に機器を納める企業が残すべき記録は多い。
設計、製造、検査や試験、教育訓練、苦情や是正処置、監査やマネジメントレビューの記録などである。筆者の経験では、機器メーカーの場合、校正や出荷前検査の記録が顧客の監査で確認されることも多い。
まとめ
- 誰が作っても同じ品質になるのは、腕の差ではなく、レシピにあたる文書があるからである
- QMSの基本は、ルールを決め、ルールどおりに実行し、実行したとおりに記録することである
- 文書は改善のために改訂するが、記録は変更しない事実であり、訂正するときは訂正の記録を残す
レシピと記録がそろえば、品質は腕だけに頼らず、仕組みで守れる。自社の作業に、誰が読んでも同じように作れる「レシピ」はあるだろうか。一度、新人の目で読み返してみてほしい。
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