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なぜ設計履歴ファイル(DHF)が必要なのか

医療機器の開発現場では「設計履歴ファイル(Design History File:DHF)」という言葉が長らく使われてきた。ところが 2026年2月2日に施行された QMSR(Quality Management System Regulation)によって、DHF という用語は 21 CFR Part 820 の条文から姿を消した。では DHF はもう不要になったのか。答えは明確に「否」である。用語は消えたが、要求は残った。本稿では、DHF がなぜ不可欠なのかという実務的な意義を、QSR 時代・QMSR 以後・QMS省令・欧州 MDR の4つの制度を突き合わせながら整理し、あわせて元記事に欠けていた「いつまで保管するのか」という論点を補う。

先に結論――この記事の3つの要点

  • QMSR 施行後、21 CFR に §820.30(j) という条は存在しない。Subpart C〜O が削除・留保され、DHF・DMR・DHR という用語は最終規則の前文で明示的に廃止された。
  • それでも記録は要る。DHF に相当するものは ISO 13485:2016 の 7.3.10「設計・開発ファイル」として引用組込みされており、実質的な要求内容は維持されている。
  • 社内文書を改称する義務はない。QMSR の条文にも前文にも、事業者に文書名の変更を命じる規定は置かれていない。ただし FDA 査察官が用いる用語は変わったため、対応関係を説明できる状態にしておくことが実務上の要点となる。

1. 設計履歴ファイル(DHF)とは何だったのか

1-1. QSR における定義と要求

DHF は、米国 FDA の医療機器品質システム規則(QSR:Quality System Regulation、21 CFR Part 820)に置かれていた記録類型である。2026年2月1日まで有効だった条文では、定義と要求が次のように書かれていた。

§820.3(e) 定義――「設計履歴ファイル(DHF)」とは、完成医療機器の設計の履歴を記述する記録の集合体をいう。

§820.30(j) 設計履歴ファイル――各製造業者は、機器の型式(type of device)ごとに DHF を確立し維持しなければならない。DHF は、当該設計が承認された設計計画および本パートの要求事項に従って開発されたことを実証するために必要な記録を、含むかまたは参照しなければならない。 ――21 CFR §820.3(e)・§820.30(j)(2026年2月1日まで有効だった QSR の条文。eCFR の 2026年1月15日時点の版(タイトルに「Quality System Regulation」と表示される旧 QSR)より訳出)

ここで押さえておきたいのは、DHF が「新たに作る文書」ではなく「集める仕組み」だったという点である。条文は「contain or reference(含むか、または参照する)」と書いている。つまり設計仕様書や試験報告書を物理的に一箇所に綴じ込む必要はなく、どこに何があるかを辿れる索引として機能していればよい。この「含むか参照するか」という構造は、後述する ISO 13485 の設計・開発ファイルにもそのまま引き継がれている。

1-2. QSR の設計管理は、随所で「DHF に記録せよ」と命じていた

旧 §820.30 は (a) 総則から (j) DHF まで10の項からなり、そのうち3つの項が明示的に「DHF に文書化する」ことを求めていた。

旧 QSR の項内容DHF への記録要求
§820.30(e)設計照査(Design review)設計の識別、日付、実施した個人を含む照査結果を DHF に文書化
§820.30(f)設計検証(Design verification)設計の識別、方法、日付、実施した個人を含む検証結果を DHF に文書化
§820.30(g)設計バリデーション(Design validation)設計の識別、方法、日付、実施した個人を含むバリデーション結果を DHF に文書化
§820.30(j)設計履歴ファイル機器の型式ごとに DHF を確立・維持

設計管理プロセスそのもの(設計開発計画、インプット、アウトプット、照査、検証、バリデーション、移管、変更)の全体像については、姉妹記事「設計管理と設計開発の違いとは」で扱っている。本稿はその結果として残る記録の束――DHF/設計・開発ファイルそのものに焦点を絞る。

2. QMSR 施行で何が変わったのか――DHF という用語は条文から消えた

2-1. まず2つの日付を区別する

QMSR をめぐる記述で最も多い混乱が、公布日と施行日の取り違えである。

日付できごと
2024年2月2日最終規則「Medical Devices; Quality System Regulation Amendments」が連邦官報に掲載(89 FR 7496、FR Doc. 2024-01709)。規則本文は 89 FR 7523 以降
2026年2月2日規則の施行日。同日、引用組込み(incorporation by reference)も連邦官報長官により承認された
注意:元記事は「FDAは2024年にQMSR最終規則を公表し、ISO 13485:2016を取り込む形に移行しつつある」と書いていた。公布年としては正しいが、本稿執筆時点(2026年8月)では既に施行済みであり、「移行しつつある」は現状に合わない。最終規則の DATES 欄には「This rule is effective February 2, 2026.」と明記されている。

2-2. 新しい Part 820 に §820.30 は存在しない

QMSR は Part 820 の構造そのものを組み替えた。最終規則の前文(Comment 15 への回答)は、Subpart C 〜 Subpart O を削除・留保(removed and reserved)したと述べている。現行の Part 820 に残っている条は次のとおりである。

条表題
§820.1Scope(適用範囲)
§820.3Definitions(定義)
§820.5[Reserved]
§820.7Incorporation by reference(引用組込み)――ISO 13485:2016 を組み込む条
§820.10Requirements for a quality management system(品質マネジメントシステムの要求事項)
§820.35Control of records(記録の管理)――苦情記録・サービス記録・UDI・機密性の上乗せ要求
§820.40[Reserved]
§820.45Device labeling and packaging controls(表示および包装の管理)

すなわち、§820.30 も §820.180 も §820.181 も §820.184 も、現行の 21 CFR Part 820 には存在しない。現行条文の全文を検索しても「design history」という語は一度も出てこない。「21 CFR 820.30(j) において DHF が要求されている」という説明は、2026年2月2日をもって現在形では成立しなくなったのである。

2-3. 前文 Comment 31――FDA は DMR・DHF・DHR をまとめて廃止した

これは推測ではない。最終規則の前文(89 FR 7507〜7508)の Comment 31 に対する FDA の回答が、正面からこの点を扱っている。

(コメント31)一部のコメントは、「device master record(DMR)」「design history file(DHF)」「device history record(DHR)」という用語が ISO 13485 には存在せず、規則案でも個別に定義されていないことを指摘し、これらの用語が本規則制定においてなお有効なのかを明確にするよう求めた。

(回答)FDA は、ISO 13485 が QS 規則で規定していた記録類型(品質システム記録、DMR、DHF、DHR)に係る要求を含んでいないという指摘は正しいと認める。規則案で述べたとおり、当庁はこれらの記録類型に係る個別の要求を QMSR に残さず、これら固有の記録類型に関連する用語を削除した。これらの記録を構成する要素は、ISO 13485 の 4.2 とその細分箇条、および箇条7とその細分箇条によって、おおむね文書化が要求されていると考えるからである。(中略)

同様に、従前の DHF に対応するものとして、7.3.10 は、設計・開発ファイルが、設計・開発計画および設計・開発手順を含む、設計・開発要求事項への適合を立証するために必要なすべての記録を、含むかまたは参照することを求めている。

ISO 13485 における記録管理の要求は QS 規則のそれと実質的に同等であり、ISO 13485 にこれらの用語への言及がないことから、当庁はこの用語法をもはや不要として廃した。 ――89 FR 7496, 7507–7508(2024年2月2日)Comment 31 への回答より訳出(趣旨)

あわせて FDA は、DHR に相当する内容は ISO 13485 の 7.5.1 における医療機器記録/バッチ記録に、DMR に相当する内容は 4.2.3 の医療機器ファイル(Medical Device File:MDF)に、それぞれ移ると説明している。設計段階から出てくる最終的な設計アウトプットが MDF の出発点になる、という関係も同じ回答の中で述べられている。

用語は消えたが、要求は残った

  • 消えたもの:条文上の用語「DHF」、および §820.30(j) という条番号。§820.3(e) の定義も削除された。
  • 残ったもの:設計・開発要求事項への適合を立証するために必要な記録を、含むかまたは参照するファイルを維持するという要求。§820.7・§820.10 が ISO 13485:2016 を引用組込みしているため、7.3.10 は米国連邦規則としての強制力を持つ。
  • したがって「QMSR で DHF は不要になった」という理解は誤りである。正確には「DHF という名前で呼ばなくなった」である。

2-4. 社内文書を「設計・開発ファイル」に改称する義務はあるか

結論から言えば、QMSR は事業者に社内文書の改称を命じていない。現行 §820.1 から §820.45 までのどこにも、記録や手順書の名称を規定する条文はない。前文 Comment 31 の回答も、FDA が規則本文から用語を削除したと述べているだけであり、事業者側の文書名には言及していない。同じ回答の末尾で FDA は、各組織が自らの要求事項に即した QMS を実装することになると述べており、名称よりも記録が要求を満たしているかが問われるという立て付けになっている。

ただし実務上は、次の点を織り込んでおくのが安全である。

  1. 査察官が使う用語は変わったFDA の査察運用文書である Compliance Program 7382.850(2026年2月2日実施)では、Design and Development という QMS Area の中に「Design and Development Files」というエレメントが置かれている。「DHF」というエレメント名は存在しない。査察官の質問は新しい用語で来る。
  2. 対応関係を説明できるようにしておく社内で「DHF」の名称を継続して使うのであれば、品質マニュアルや手順書のどこかで「本手順書における DHF は、ISO 13485 7.3.10 にいう設計・開発ファイルを指す」と明示的に紐づけておく。これは改称よりはるかに軽い作業で、査察時の説明コストを大きく下げる。
  3. 改称するなら中途半端にしない手順書だけ改称して様式・記録の表題・システムのフォルダ名が旧称のまま、という状態が最も混乱を招く。改称する場合は文書体系全体を一巡させる前提で計画する。

QMSR と ISO 13485:2016 の条項レベルの差分については「ISO13485:2016とQMSRとの差異」で詳述している(第6節が DMR・DHF・DHR の用語廃止を扱う)。査察手法そのものの変化については「FDA医療機器査察の新時代――QSITからの転換」を参照されたい。

3. 【対応表】DHF に相当するものは、4つの制度でどう呼ばれるか

ここが本稿の要である。同じ実体を指すのに、制度ごとに名前も条番号も異なる。名前を追いかけるのではなく、記録の中身で対応づけるのが正しい読み方である。

記録の中身QSR(米国・〜2026年2月1日)QMSR/ISO 13485:2016(米国・2026年2月2日〜)QMS省令(日本)MDR(欧州・規則 (EU) 2017/745)
設計開発の記録一式DHF(設計履歴ファイル)
§820.30(j)(定義は §820.3(e))
設計・開発ファイル
ISO 13485 7.3.10(§820.7・§820.10 により引用組込み)
設計開発に係る記録簿
第36条の2
技術文書のうち設計・製造情報
Annex II 第3節(義務の根拠は Article 10(4))
製造現場で使う仕様・手順DMR(機器基準書)
§820.181
医療機器ファイル(MDF)
ISO 13485 4.2.3
製品標準書
第7条の2
技術文書(Annex II 第3節(b))
個々のロット・製品の製造記録DHR(機器履歴記録)
§820.184
医療機器記録/バッチ記録
ISO 13485 7.5.1
製造に係る記録(第9条ほか)技術文書および QMS の記録
記録の管理全般§820.180ISO 13485 4.2.5 + §820.35(苦情記録・サービス記録・UDI の上乗せ)第9条(記録の管理)Article 10(8) ほか
用語「DHF」の有無あり(定義条文つき)なし(前文 Comment 31 で削除を明言)なし(省令全文に「設計履歴ファイル」の語は0件)なし(規則で用いられない)
元記事の記述を訂正した箇所:元記事は「日本の QMS省令も…『設計・開発管理』に関する条文の中で設計履歴ファイル(Design History File)の整備義務が明示されている」と書いていた。しかし e-Gov 法令API から取得した QMS省令の原文XMLを全文検索したところ、「設計履歴ファイル」「ファイル」「Design」はいずれも0件であった。QMS省令が設計開発の記録について定めるのは 第36条の2(設計開発に係る記録簿)であり、「設計履歴ファイル」という語は用いられていない。DHF 相当の記録を維持する義務が日本にもあるという論旨自体は正しいが、根拠の示し方が不正確であったため改めた。

なお、第35条の2 は「設計移管業務」、第36条は「設計開発の変更の管理」であり、第36条の2 と取り違えやすい。

QMS省令 第36条の2 の条文

(設計開発に係る記録簿)
第三十六条の二 製造販売業者等は、製品又は類似製品グループごとに、設計開発に係る要求事項への適合を証明する記録及び設計開発の変更の記録並びに設計開発において参照した資料に係る記録簿を作成し、これを保管しなければならない。 ――医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年厚生労働省令第169号)第36条の2。e-Gov法令検索

旧 QSR の DHF が「機器の型式ごと」であったのに対し、QMS省令 第36条の2 は「製品又は類似製品グループごと」と単位を定めている点に注意したい。ISO 13485 7.3.10 も同様に類似製品グループ単位を許容する立て付けであり、この点は旧 QSR より運用しやすい。なお、設計開発を「非適用」としている製造販売業者の扱いについては「適用除外と非適用の違い」を参照されたい。

欧州 MDR――Article 10(4) と Annex II

Article 10(4)――カスタムメイド機器以外の機器の製造業者は、当該機器について技術文書を作成し、最新の状態に保たなければならない。技術文書は、当該機器が本規則の要求事項に適合していることを評価できるものでなければならない。技術文書には、Annex II および Annex III に定める要素を含めなければならない。 ――規則 (EU) 2017/745(MDR)Article 10(4)。EUR-Lexより訳出

元記事は「Article 10(4) および Annex II・III で要求される技術文書」と書いていた。この条番号は原文で確認したところ正しい。Annex II(技術文書)の第3節「DESIGN AND MANUFACTURING INFORMATION」は、その (a) で「当該機器に適用された設計段階を理解できるようにする情報」を求めており、まさに DHF が担ってきた機能に対応する。Annex III は市販後調査(PMS)に関する技術文書である。

さらに実務上見落とされやすいのが Annex II 第1.2節「Reference to previous and similar generations of the device」である。ここでは、製造業者が製造した従前の世代の機器の概要を技術文書に含めることが求められている。MDR は、過去のリビジョンの情報を保持していることを制度として前提にしているのである。

4. 「時間軸で変化する製品」という現実

製品開発の現場では、同一品目であっても複数の異なるリビジョンが市場に共存することが一般的である。次は説明のための架空の例である。

リビジョン市場に出た時期状態
バージョン1.05年前に出荷製造終了。ただし市場では稼働中
バージョン2.03年前に改良製造終了。市場での稼働台数が最も多い
バージョン3.0現在製造中

これらはすべて同じ製品名で市場に流通しているが、内部的には設計が異なっている。性能向上のための部品変更、コスト削減のための材料変更、規制対応のための仕様変更、供給停止部品の代替品への切替えなど、さまざまな理由で設計は進化していく。

この「共存」こそが、設計履歴ファイルが必要とされる根本理由である。もし製品が一度きりの設計で永久に変わらないのであれば、最新版の設計文書だけを持っていれば足りる。実際にはそうならないから、どの個体がどのリビジョンで、そのリビジョンの設計はどうだったのかを後から辿れる仕組みが要る。

5. なぜ過去の設計情報が必要なのか

5-1. 苦情対応における原因究明

顧客から製品の不具合に関する苦情が寄せられた場合、その製品がいつ製造されたどのリビジョンなのかを特定し、当時の設計情報を参照する必要がある。

例えば、3年前に出荷されたバージョン2.0の製品に不具合が発生した場合、現在のバージョン3.0の設計文書を見ても原因は究明できない。バージョン2.0当時の回路図、部品リスト、製造手順書などが必要である。もし過去の設計情報が保管されていなければ、原因究明は極めて困難になり、適切な対策も立てられない。

制度側もこれを前提にしている。QMSR の §820.35(a)(苦情の記録)は、ISO 13485 8.2.2 に上乗せする形で、調査対象となる苦情について機器の名称、苦情の受領日、UDI/UPC その他の機器識別、苦情申立者の氏名・住所・電話番号、苦情の内容と詳細、実施した修正または是正処置、申立者への回答を記録することを求めている。UDI が記録項目として明示されているのは、まさに「どの個体か」を特定させるためである。日本では QMS省令 第55条の2(苦情処理)が対応する。

5-2. 修理・メンテナンス(サービス)の実施

製品が修理のために返品された際も、同様の課題が生じる。修理担当者は、その製品がどのリビジョンで製造されたかを確認し、該当する設計文書や部品情報を参照しなければならない。

最新版の部品で修理しようとしても、互換性がない場合や、逆に性能を損なう場合がある。当時の設計情報があってこそ、適切な修理が可能になる。

QMSR の §820.35(b)(サービス活動の記録)は、ISO 13485 7.5.4 を遵守するうえで、サービスを行った機器の名称、UDI/UPC その他の機器識別、サービス実施日、サービスを実施した個人、実施したサービスの内容、試験および検査のデータを最低限記録することを求めている。ここでも UDI が明示されている。

補足:UDI(機器固有識別子)そのものの解説は本稿の範囲外である。ここでは「設計・開発ファイルは、UDI やロット番号を鍵として引ける状態でなければ実務上機能しない」という点だけ押さえておけばよい。

5-3. ソフトウェアにおける特有の課題

ソフトウェアを含む製品では、設計・開発ファイルの重要性はさらに高まる。ソフトウェアは物理的な製品と比べてリビジョンの変更頻度が高く、バグ修正や機能追加により頻繁にバージョンアップが行われるためである。

例えば、ある医療機器のソフトウェアで重大なバグが発見されたとする。このバグが現在のバージョン3.5だけでなく、過去のバージョン3.0から3.4にも存在する可能性がある。しかし、当時のソースコードが保管されていなければ、次のような問題が発生する。

  1. バグの影響範囲が特定できないどのバージョンからバグが存在するのか、どの顧客が影響を受けるのかが分からない。影響範囲が確定できなければ、市販後の安全対策(回収の要否判断、顧客への通知範囲)を決められない。
  2. パッチ適用が不可能になる各バージョンのソースコードがなければ、そのバージョンに対するバグフィックスやセキュリティパッチを作成できない。現在のコードに修正を加えても、過去のバージョンを使用している顧客には対応できない。「最新版にアップデートしてください」で済まない機器――院内ネットワークでの検証が必要な機器、組込みで現地アップデート手段のない機器――では、これは致命的になる。
  3. 検証作業の再現性がない当時どのようなテストを行い、どのような条件で検証したのかが不明では、修正後の妥当性確認も適切に行えない。テストコード・テストデータ・実行環境の情報まで含めて設計・開発ファイルから辿れる必要がある。

6. 何を保管するのか

各リビジョンごとに、少なくとも次のような設計管理上の記録を、設計・開発ファイルの中に含めるか、そこから参照できる形で体系的に保管する必要がある。

区分保管すべき記録対応する要求
計画設計開発計画書、段階の定義、責任と権限、資源計画ISO 13485 7.3.2/QMS省令 第30条
入口設計インプット(意図した用途、ユーザー・患者のニーズ、法令・規格要求、リスクマネジメントからの入力)ISO 13485 7.3.3/QMS省令 第31条
出口設計仕様書、回路図・機構図、ソフトウェアのソースコードとビルド情報、部品リスト(BOM)と部品仕様書ISO 13485 7.3.4/QMS省令 第32条
評価設計照査(デザインレビュー)議事録、設計検証記録、設計バリデーション記録、ソフトウェアバリデーション記録ISO 13485 7.3.5〜7.3.7/QMS省令 第33〜35条
リスクリスクマネジメントファイル(ハザード分析、リスクコントロール、残留リスク評価)、ユーザビリティ関連の記録ISO 13485 7.1/ISO 14971
移管設計移管の記録(設計アウトプットが実際の製造に見合うことの検証)ISO 13485 7.3.8/QMS省令 第35条の2
変更設計変更の理由、影響評価、検証・バリデーション、承認記録、変更前後の版の識別ISO 13485 7.3.9/QMS省令 第36条
索引上記を束ねる記録簿・索引(どの版のどの記録がどこにあるか)ISO 13485 7.3.10/QMS省令 第36条の2

QMS省令 第36条の2 が「設計開発において参照した資料」まで記録簿の対象に含めている点は見落とされやすい。適用した規格の版、参照した文献、他社品の調査結果なども、設計判断の根拠として辿れる状態にしておく必要がある。

7. いつまで保管するのか――保存期間という論点

「何を保管するか」は論じられても、「いつまで保管するか」は抜け落ちがちである。しかし前節までで見たとおり、市場に複数リビジョンが共存する以上、保存期間の設計を誤れば、まだ使われている製品の設計情報を捨ててしまうことになる。

7-1. 4つの制度の保存期間要求

制度根拠保存期間
QSR(〜2026年2月1日)§820.180(b)当該機器の設計上の寿命および期待される寿命に相当する期間。ただし、いかなる場合も製造業者による商業流通向け出荷日から2年を下回ってはならない
QMSR(2026年2月2日〜)ISO 13485:2016 4.2.5(§820.7・§820.10 により引用組込み)。§820.180 は削除された組織が定めた医療機器の耐用期間(lifetime)に相当する期間以上、または適用される規制要求で定められた期間。ただし出荷日から2年を下回らない(規格本文は有償頒布のため逐語引用はしない)
QMS省令(記録)第68条(記録の保管期限)作成の日から、特定保守管理医療機器に係る製品は15年間(有効期間+1年が15年より長い場合はその期間)、それ以外の医療機器等に係る製品は5年間(有効期間+1年が5年より長い場合はその期間)。教育訓練に係るものは5年間
QMS省令(文書)第67条(品質管理監督文書の保管期限)当該文書の廃止の日から、上記と同じ区分の期間。ただし製造・試験検査に用いた品質管理監督文書は、第68条の期間だけ利用できるように保管すれば足りる
QMS省令(特例)第79条(記録の保管の特例)厚生労働大臣が指定する生物由来医療機器等に係る製品は、厚生労働大臣が指定する期間。原材料採取業者等との取決めにより当該業者が適切に保管する場合を除く
MDR(欧州)Article 10(8)技術文書・EU適合宣言書・証明書の写しを、当該EU適合宣言書の対象となる最後の機器が上市された後、最低10年間。埋込み型機器では最低15年間
注意:QMS省令 第9条第5項は「第一項の記録を、第六十八条で定める期間保管しなければならない」と定めており、記録の管理(第9条)と保管期限(第68条)は条をまたいで接続している。第9条だけを読んでも保管期間は分からない点に注意が必要である。

7-2. 「最も古いリビジョンの耐用期間」が効いてくる

ここで第4節の「時間軸で変化する製品」と結びつく。保存期間の起算点と長さはリビジョンごとに異なる。

  • 旧 QSR も ISO 13485 も、保存期間を機器の寿命(耐用期間)に紐づけている。したがってまだ市場で稼働している最も古いリビジョンの耐用期間が終わるまで、そのリビジョンの設計記録を捨てられない。
  • QMS省令 第68条は「作成の日から」を起算点とし、有効期間+1年との比較で長い方を採る構造になっている。長期使用される特定保守管理医療機器では15年が下限となる。
  • MDR Article 10(8) は「最後の機器が上市された後」を起算点とする。製造・上市を続けている限り起算点が動き続けるため、実際の保持年数は10年(埋込み型は15年)を大きく上回ることがある。

制度ごとに起算点が違う(出荷日/作成日/最後の上市日)ことが、複数地域に製品を出している製造販売業者にとって最大の実務課題になる。最も長くなる要求に合わせて一本化するのが定石である。複数地域の要求を一度の監査で束ねる仕組みについては「MDSAPとは何か」も参考になる。

8. 電子的に保持する場合に何が起きるか

8-1. 「保存した」と「読める」は別のことである

設計・開発ファイルの保存期間は10年、15年、場合によってはそれ以上に及ぶ。この時間スケールでは、電子的に保存したという事実だけでは記録の可読性を保証しない。媒体の劣化、読取装置の陳腐化、ファイル形式の互換性喪失、電子署名の検証基盤の失効――いずれも15年という単位では現実に起こり得る。

この論点は「電子記録の長期保存が困難な理由」で詳しく扱っている。設計・開発ファイルはまさにこの困難に最も長くさらされる記録であり、保存戦略を設計段階で決めておく必要がある。

8-2. バージョン管理システムの活用と、その留保

特にソフトウェア開発においては、バージョン管理システム(Git、Subversion など)の活用が事実上不可欠である。各コミットに適切なタグを付け、リリースごとにブランチを管理することで、任意の時点のソースコードを確実に復元できる体制を整える。ハードウェアにおいても、図面管理システムや PLM(製品ライフサイクル管理)システムを活用し、各リビジョンの設計情報を確実に保管することが求められる。

GxP 文脈での留保――そのツール自体がバリデーション対象になり得る

  • 設計・開発ファイルの記録を保持する手段として使うのであれば、そのバージョン管理システムや PLM は品質マネジメントシステムで使用するソフトウェアにあたる。ISO 13485 は QMS で用いるコンピュータソフトウェアの適用に対してバリデーションを求めており、CP 7382.850 にも「QMS Software Validation」というエレメントが置かれている。
  • 「Git を導入したからトレーサビリティは確保された」とは言えない。リポジトリの改変防止、権限管理、バックアップ、リストア手順、履歴の書換え(force push などの履歴改変)の統制まで含めて評価しなければ、記録の完全性は主張できない。
  • 電子署名や承認をシステム上で行う場合は、21 CFR Part 11(米国)や ER/ES指針(日本)の要求が重畳する。監査証跡の要否も含めて設計時に確定させておく。
  • クラウド型の SaaS を用いる場合、15年後にそのサービスが存在する保証はない。エクスポート可能な形式と手順を、契約段階で確認しておく。

8-3. 完全性と検索性は法令上の要求である

QMS省令 第9条第2項は、記録の識別、保管、セキュリティ確保(漏えい・滅失・毀損の防止その他の安全管理)、完全性の確保(記録が正確であり、作成された時点から不適切な改変がない状態を保つこと)、検索、保管期間、廃棄についての所要の管理方法に関する手順を文書化することを求めている。さらに第9条第4項は、記録を「読みやすく容易に内容を把握することができ、かつ、検索することができるようにしなければならない」と定めている。

検索できることは、努力目標ではなく条文上の要求である。欧州 MDR も同様で、Annex II の冒頭は技術文書を「明確に、体系的に、容易に検索可能で(readily searchable)、曖昧さのない形で」提示することを求めている。

9. アクセスと検索性をどう確保するか

保管した情報は、必要な時に迅速にアクセスできなければ意味がない。製造番号・ロット番号・UDI から該当するリビジョンを特定し、関連する設計文書を検索できる仕組みを構築することが重要である。実装にあたっての要点を整理する。

  1. 個体からリビジョンへの対応表を持つ製造記録(DHR 相当/医療機器記録)と設計・開発ファイルを、リビジョン識別子で結線する。UDI-DI はモデルやバージョンの識別に用いられるため、これを鍵にできる設計にしておくと後が楽になる。
  2. 索引そのものを文書として管理するISO 13485 7.3.10 も QMS省令 第36条の2 も、記録の実体をどこに置くかは問うていない。問われるのは「含むかまたは参照する」索引が維持されているかである。索引そのものを版管理対象の品質管理監督文書として扱う。
  3. 参照先が消えない仕組みにする索引がファイルサーバのパスやチケットの URL を指しているだけだと、システム移行やフォルダ再編で一斉にリンク切れを起こす。文書番号など、格納場所に依存しない識別子で参照する。
  4. 「取り出せること」を定期的に試す保存してあることと、査察の場で短時間のうちに提示できることは別である。内部監査の際に、過去リビジョンの記録を実際に取り出す演習を組み込む。
  5. 廃棄も手順化する保管期限を過ぎた記録の廃棄も第9条第2項の管理対象である。期限が来たから捨てるのではなく、当該リビジョンが市場から退いたかを確認したうえで判断する。

10. 査察・監査でどう見られるか

10-1. FDA――6つの QMS Areas の1つが Design and Development

FDA は 2026年2月2日をもって QSIT(Quality System Inspection Technique)の運用を終了し、コンプライアンスプログラム CP 7382.850「Inspection of Medical Device Manufacturers」に基づくリスクベース査察へ移行した。CP は QMSR の要求事項を 6つの QMS Areas と 4つの OAFRs(Other Applicable FDA Requirements)に整理しており、Design and Development はその QMS Area の1つである。

そして Design and Development エリアのエレメントの1つが「Design and Development Files」である。つまり設計・開発ファイルは、査察の単位として明示的に位置づけられている。「DHF」というエレメント名はもはや存在しない。査察手法の詳細は「FDA医療機器査察の新時代――QSITからの転換」で扱っている。

元記事の断定を緩めた箇所:元記事は「規制当局の査察において、DHF の整備状況は重点的にチェックされる項目の一つである。適切に管理されていない場合、是正措置の対象となり、最悪の場合は製造販売の停止にもつながりかねない」と書いていた。設計・開発ファイルが査察の単位として位置づけられていることは CP 7382.850 の構成から裏づけられるが、「重点的に」という強調や、製造販売停止に至る蓋然性を示す公表データは確認できなかった。本稿では、査察単位として明示されているという事実の記述にとどめ、帰結の断定は避けた。

10-2. 施行前に作られた記録はどう扱われるのか

設計・開発ファイルは性質上、QMSR 施行日(2026年2月2日)より前に作成された記録を大量に含む。これらが査察でどう扱われるのかは、実務上きわめて重要な論点である。この点については「なぜ事後法が適用されたのか――QMSR施行前記録の査察」で詳しく論じている。

10-3. 動画で学ぶ

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11. まとめ

設計履歴ファイルは、製品のライフサイクル全体を通じて、品質保証と顧客安全を支える基盤である。市場には異なるリビジョンの製品が共存し続けるという現実を踏まえれば、過去の設計情報を確実に保管し、必要な時に参照できる体制を整えることは、製造業者としての基本的な責任といえる。

特にソフトウェアの頻繁なアップデートが当たり前となった現代においては、その重要性はさらに増している。バグフィックスやセキュリティパッチの適用、原因究明、トレーサビリティの確保――これらすべてが、適切な設計・開発ファイルの管理によって初めて実現可能になる。

設計・開発ファイルの整備は、一見すると地味で手間のかかる作業かもしれない。しかし、それは将来の問題を未然に防ぎ、顧客の信頼を守るための投資である。今日の丁寧な記録が、明日のトラブルから組織を救う――その認識を持って取り組むことが求められる。

そして2026年以降は、これに用語の移行という論点が加わった。条文から「DHF」が消えたことを「不要になった」と読み違えれば、記録体系そのものを緩めてしまいかねない。消えたのは名前であって、要求ではない。

まとめ――5つのポイント

  1. §820.30(j) はもう存在しないQMSR(2024年2月2日公布・2026年2月2日施行)により Part 820 の Subpart C〜O は削除・留保された。「21 CFR 820.30(j) が DHF を要求する」は2026年2月1日までの話である。
  2. 用語は消えたが、要求は残った最終規則の前文 Comment 31 で、FDA は DMR・DHF・DHR の用語を廃止したと明言し、DHF に対応するものとして ISO 13485 7.3.10「設計・開発ファイル」を挙げている。§820.7・§820.10 の引用組込みにより、7.3.10 は米国連邦規則としての強制力を持つ。
  3. 日本の根拠は第36条の2QMS省令に「設計履歴ファイル」という語は存在しない。設計開発の記録について定めるのは 第36条の2(設計開発に係る記録簿)で、単位は「製品又は類似製品グループごと」である。第35条の2(設計移管業務)と取り違えないこと。
  4. 保存期間は制度ごとに起算点が違うISO 13485 4.2.5 は耐用期間、QMS省令 第68条は作成の日から特定保守管理医療機器で15年、MDR Article 10(8) は最後の上市から10年(埋込み型は15年)。複数地域に出すなら最も長い要求に一本化する。
  5. 検索できることは条文上の要求であるQMS省令 第9条第4項は記録を「検索することができるように」することを求め、MDR Annex II は技術文書を「readily searchable」に提示することを求めている。保存してあるが取り出せないは不適合である。

参考・出典(一次情報源)

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