1. HOME
  2. ブログ
  3. FDA
  4. FDAはなぜ「食品」医薬品局なのか
お役立ち情報

FDA

FDAはなぜ「食品」医薬品局なのか

農務省に生まれた規制当局

はじめにーー名前に刻まれた出自

FDAの正式名称はFood and Drug Administration、直訳すれば「食品医薬品局」である。われわれ製薬業界の人間からすると「医薬品」より先に「食品」が来るこの名前は少し不思議に映る。日本で医薬品を所管するのは厚生労働省であり、その源流は内務省衛生局という「衛生行政」の役所である。

ところがFDAの出身母体は、保健当局ではなく農務省なのである。この出自を知ると、FDAという組織の行動原理ーーなぜ食品と医薬品を一体で扱うのか、なぜラベリングにあれほど厳しいのかーーが驚くほどよく見えてくる。

欧州の粗悪品に悩まされた新興国アメリカ

19世紀の米国は、工業製品でも医薬品でも欧州からの輸入に頼る新興国であった。そして当時の米国は、欧州の粗悪な食品・医薬品の「はけ口」にされていたのである。欧州各国では自国向けの品質検査が整い始めており、検査ではねられた劣化品・偽和品が、規制のない米国市場へ流れ込んだ。

増量剤で薄められたキニーネ、樹脂を混ぜたアヘン、品質の劣化した輸入薬ーー米墨戦争(1846〜48年)では、兵士に支給された輸入キニーネの品質不良が問題となり、これが世論を動かした。こうして1848年、米国最初の連邦医薬品規制である輸入医薬品法(Drug Importation Act)が成立する。税関で輸入医薬品の品質・純度を検査し、基準を満たさないものの陸揚げを拒否するという法律である。

つまり米国の医薬品規制は、国内産業の取り締まりではなく「外国の粗悪品から自国民を守る水際対策」として始まったのである。自国が粗悪品の被害者だったという原体験は、後のFDAの厳格な輸入管理(Import Alert)にも通じる、米国規制のDNAといってよい。

リンカーンの農務省と「化学局」ーー食品と医薬品が同じ役所である理由

1862年、リンカーン大統領は農務省(USDA)を創設した。農業国アメリカの生産振興が目的だが、発足時から化学部門が置かれ、肥料や農産物の分析を行っていた。この化学部門が発展した「化学局(Bureau of Chemistry)」こそ、FDAの直接の前身である。

化学局の仕事は、市場に出回る食品の偽和(adulteration)ーー混ぜ物、水増し、有害添加物ーーを化学分析で暴くことであった。そして当時の医薬品もまた、彼らの目には「偽和された商品」の一つと映った。防腐剤入りの牛乳も、モルヒネ入りの鎮静シロップも、消費者を騙す偽和商品という点では同じ問題であり、同じ化学者が同じ実験台で分析できたのである。

食品と医薬品を一つの役所が扱う米国の体制は「国民の健康を守る衛生行政」からではなく「商品の偽和と闘う分析化学」から生まれた。ここが、医務・薬務・衛生の系譜を引く日本の厚生労働省との根本的な違いである。1906年に最初の連邦規制法が食品と医薬品を一本の法律で扱ったのも、1938年のFDC法が食品・医薬品・化粧品・医療機器を一本に束ねたのも、この出自の延長線上にある。

組織はその後、1927年に規制部門が独立し、1930年に現在の名称FDAとなった。農務省を離れたのは1940年のことで、いくつかの変遷を経て現在は保健福祉省(HHS)に属している。「農務省の一分析部局」から「世界最強の規制当局」へーーFDAの歴史は、組織の格上げの歴史でもある。

工場に入れなかった時代ーー立入検査権限の獲得史

今日のFDAといえば予告なしの査察で恐れられる存在だが、驚くべきことに、かつてのFDAは製薬企業の工場に一切立ち入ることができなかった。1906年の純正食品医薬品法が当局に与えたのは、市場に出た商品を検査し、違反品を差し押さえる権限であって、工場の門の内側を見る権限ではなかったのである。製造現場がどれほど不衛生でも、出てきた製品で違反を立証できない限り、手の出しようがなかった。

工場検査の権限が初めて法律に書かれたのは、1938年のFDC法である。しかもこの権限は完全ではなく、企業が立入りを拒否した場合の扱いが曖昧なままだった。1950年代には、立入り拒否を処罰できるかが最高裁で争われて当局側が敗れ、これを受けた1953年の工場検査修正法で、書面による通知と拒否への罰則がようやく整備された。

医薬品工場のGMP査察が本格化するのは、さらにその後、1962年の法改正でGMPが法制化されてからである。つまり、現在の強力な査察権限は最初からあったものではなく、一世紀近くをかけて一段ずつ議会から与えられてきたものなのである。FDAが査察権限の行使に極めて自覚的で、手続きを厳格に守るのは、この獲得の歴史ゆえでもある。

ラベリングに厳しい理由ーー「ラベルこそ最初で最後の武器」だった

FDA査察やレビューの経験者なら、FDAのラベリングへの執着ぶりをご存じだろう。これにも歴史的な理由がある。前述のとおり、初期の当局には工場に入る権限がなく、安全性データを事前審査する権限もなかった。

彼らが唯一使えた法的武器が「不当表示(misbranding)」ーーすなわちラベルの虚偽ーーだったのである。1937年のサルファニルアミド事件(第7回で詳述する)で100人超の死者を出した製品をFDAが回収できた根拠も、毒性ではなく「エリキシールと名乗りながらアルコールを含まない」という表示違反であった。以来、ラベリングはFDA法体系の中核であり続けている。

FDC法のラベリングの定義は製品に貼られたラベルにとどまらず、添付文書や販促資料まで含む広いものであり、判例はパンフレット類も「ラベリング」に当たると認めてきた。医療機器の世界でも、FDAのラベリングの定義はISO 13485のそれより広く厳格であり、用語が同じでも中身が違う点は弊社書籍でも繰り返し注意を促しているところである。「ラベルは当局と消費者に対する契約書である」ーーこの感覚を持つと、FDAのラベリング指摘の厳しさが腑に落ちるはずである。

おわりに

農務省の化学者たちが食品の偽和と闘っていた19世紀、彼らにはまだ、販売前に安全性を審査する権限も、工場に立ち入る権限もなかった。それを変えたのは、世論を動かした一冊の告発小説である。次回は、1906年、純正食品医薬品法誕生の物語をたどる。

ビデオ・VOD 【ビデオ・VOD】FDA査察対応セミナー・入門編

本記事の主題を映像で通して学べる。実務での勘所を押さえたい場合に適する。

価格:77,000円(税込)〜 ※視聴形態により異なります

ビデオの詳細を見る ▶
QMS手順書ひな形 21 CFR Part 11解釈表

本記事で触れた要求を自社の文書へ落とし込むためのひな形である。MS-Word形式で加筆・修正できる。

価格:82,500円(税込・ダウンロード版)

ひな形の詳細を見る ▶
書籍 3極(日米欧)におけるGMP要件・相違・査察対応とGMP監査/QA業務

本記事の内容をより深く理解するための解説書である。

価格:43,200円(税込)

書籍の詳細を見る ▶

この分野の解説動画

この記事は参考になりましたか?

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

関連記事