苦情(Complaint)の定義は想像より広い
「あれは苦情ではない、ただの問い合わせだ」ーー現場でこの線引きを耳にするたび、危ういと思う。苦情(Complaint)の定義は、多くの担当者が思うよりずっと広い。ISO 13485およびJIS Q 13485は、苦情を、組織の管理下からリリースされた医療機器の同一性、品質、耐久性、信頼性、ユーザビリティ、安全性または性能、あるいは医療機器の性能に影響する関連サービスについて、不具合を申し立てる書面、電子的または口頭によるコミュニケーションと定義している。
つまり、日常語でいう強い抗議に限らず、製品や関連サービスに対する不満の表明も、その内容によっては苦情に該当する。QMS省令も、こうした苦情の入手・記録から評価、調査、報告要否の判断までを含む苦情処理手順を求めている。大切なのは、苦情が故障やケガに限られないことだ。
「ラベルが読みにくい」という声は、表示品質またはユーザビリティの不具合を申し立てるものであり、通常は苦情として取り扱うべき内容である。安全性への影響の有無は、その後の重大性評価や調査で確認する。
ただし、あらゆる不満が無条件に規制上の苦情になるわけではない。
単なる価格への不満、機能追加の要望、一般的な質問までが自動的に苦情になるのではない。線引きの基準は名称ではなく内容だ。「問合せ」「要望」という名前で届いても、その中身が製品の不具合や不足を申し立てていれば、苦情として扱う必要がある。逆に「思ったより使いにくい」という一言は、操作設計や表示の問題を指しているなら苦情に該当し得るが、個人的な好みや競合製品との比較にすぎないこともある。

多くの企業が取りこぼすのは、この判断を入口で、しかも安易に行ってしまう点だ。窓口に届いた声を、担当者の勘で「性能不良は苦情、それ以外は問合せ」と仕分けてしまう。しかし判断に迷う内容こそ、その場で除外してはいけない。
まず記録し、訓練を受けた担当者が苦情該当性を評価するーーこの順序を崩すと、記録されないまま後続評価の対象から外れるおそれがある。
さらに厄介なのは、苦情の入口が一つではないことだ。コールセンター、営業担当の耳、SNSの投稿、修理依頼票の余白ーー顧客の不満は、あらゆる経路から、たいてい苦情とは名乗らずに入ってくる。
「苦情受付簿」だけを見ていても、実態はつかめない。営業が客先で聞いた「使いにくいね」の一言が、品質部門に届かず消えていくーーこれが取りこぼしの典型である。SNSについては、投稿のすべてが自動的に正式な苦情になるわけではない。
だが自社が手順で定めた監視活動や通常の業務を通じて入手したSNS情報に、製品の不具合、安全性または性能上の問題が含まれていれば、市販後情報として記録し、苦情該当性および必要な規制対応を評価する仕組みが要る。要は、SNSを含む多様な経路から得た情報のうち、製品または関連サービスの不具合を示唆するものを、苦情候補として漏れなく記録・集約し、苦情該当性を評価できるかどうかである。

私は「苦情ゼロ」という数字だけで、その会社の品質が優れているとは判断しない。苦情件数は、製品品質だけでなく、販売数量、使用期間、顧客との接点、そして情報を拾う仕組みにも左右されるからだ。新製品や販売数量の少ない製品、短い集計期間であれば、苦情がゼロになることも実際にある。
問題は、過去の傾向や類似製品と比較して、販売数量や使用実績のわりに不自然に少ないときだ。その場合は、営業、修理、サービス、SNSなどが得た情報が、苦情処理プロセスに本当につながっているかを確認したほうがいい。健全性は絶対件数ではなく、出荷台数・使用回数当たりの苦情率や、製品群・ロット・地域別の傾向、重大度と不具合等報告の要否、CAPAやリスクマネジメントへの接続状況で見るべきものだ。
目指すべきは数字としてのゼロではなく、入手した情報を漏らさず記録し、苦情該当性、重大性、不具合等報告の要否、そして修正および是正措置の必要性を適切に評価できる仕組みである。報告した現場を責めれば、次から情報は上がってこなくなる。報告を奨励する品質文化が、この仕組みを支える。

そして苦情の取りこぼしは、単なる顧客対応の失敗では終わらない。すべての苦情が不具合等報告の対象になるわけではない。一方、入手した情報が報告対象事象を示唆する場合は、苦情該当性の判断完了を待つことなく、所定の手順に従って速やかに不具合等報告の要否を評価する必要がある。
入口で情報を取りこぼせば、この評価自体が実施されず、報告遅延や報告漏れにつながるおそれがある。入口を狭く構えることは、法令上必要な対応を自ら見逃すリスクを負うことに等しい。

そもそも、なぜ規制はこれほど苦情を広く捉えるのか。重大な問題であっても、初期には、ごく些細な「使いにくい」「わかりにくい」という不満として兆候が現れることがある。その最初の小さな声を「これは苦情ではない」と切り捨てた組織は、危険の芽を摘む最初の機会を、自ら手放してしまう。
査察・調査で苦情の受付基準が重点的に確認されることがあるのは、この入口の設計にこそ、その企業が安全をどこまで本気で捉えているかが表れるからだろう。
苦情とは、名称にかかわらず、組織の管理下からリリースされた医療機器の品質、安全性、ユーザビリティ、性能など、またはその性能に影響する関連サービスについて、不具合を申し立てるコミュニケーションである。狭く定義するほど安全に見えて、実は最も危うい。
大切なのは「何でも苦情にする」ことではなく「現場で安易に除外せず、不具合を示唆する情報を広く拾って記録し、適切な担当者が苦情該当性を評価する」ことだ。網は、広く張るほど強いのである。
参照:ISO 13485:2016, 3.2, 8.2.2/JIS Q 13485:2018, 3.2, 8.2.2/医療機器及び体外診断用医薬品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令(平成16年厚生労働省令第169号)第55条の2/医薬品医療機器等法第68条の10および関係施行規則
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