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GLPはなぜ生まれたか

データ捏造が招いた信頼性基準

はじめにーーGLPは「動物実験のマナー」ではない

GLP(Good Laboratory Practice:優良試験所規範)は、医薬品や化学物質の安全性試験(毒性試験)の信頼性を確保するための基準である。初心者はしばしばGLPを「動物実験を丁寧に行うためのルール」程度に理解するが、本質はそこではない。GLPは、当局が審査の土台とする試験データが捏造・改ざん・杜撰な管理によって信頼できなくなる事態を防ぐための、データ信頼性の規制である。そしてこの規制もまた、FDAの歴史の常として、実際に起きたスキャンダルから生まれた。

審査官の違和感ーーSearle社データ問題

発端は1970年代半ば、FDAの審査官たちが抱いた小さな違和感であった。ある大手製薬企業から提出された毒性試験データを精査したところ、死亡した動物が「生存」として記録されている、腫瘍の所見が報告書から消えている、担当者の観察記録と最終報告書が食い違う、といった不審点が次々と見つかったのである。1975年からのFDAの本格調査は、試験の実施・記録・報告の全過程にわたる杜撰さを明らかにし、米国上院の公聴会で大きく取り上げられた。

承認審査は提出データの誠実さを前提に成り立っている。その前提が崩れているとすれば、審査制度全体が砂上の楼閣であるーーFDAは、提出データの信頼性を体系的に確保する仕組みの必要性を痛感した。

IBT事件ーー史上最大級の試験データ捏造

追い打ちをかけたのが、IBT(Industrial Bio-Test Laboratories)事件である。IBTは当時世界最大級の受託試験機関であり、医薬品から農薬、食品添加物まで、米国で使用される化学物質の安全性試験のかなりの割合を一手に引き受けていた。1976年に始まったFDAとEPA(環境保護庁)の合同調査が明らかにしたのは、目を疑う実態であった。

動物室は管理不能な状態で、多数の動物が死亡しては補充され、その事実は記録されない。死亡した動物のデータは生きていた動物のデータで埋められ、都合の悪い所見は報告書から消された。腐敗と汚水で「沼(swamp)」と呼ばれた飼育室の逸話は、今も語り草である。

数千件に及ぶ試験の信頼性が疑われ、各国当局は膨大な数の物質の再評価を迫られた。1983年、IBTの幹部3名が詐欺罪で有罪判決を受けた(創業者は健康上の理由で審理が打ち切られている)。科学の名の下に行われた、組織的なデータ捏造であった。

1978年GLP規則ーー信頼性を「仕組み」で守る

FDAは1976年にGLP規則案を公表し、1978年に最終規則(21 CFR Part 58)を公布、1979年6月に発効させた。GLPの発想は明快である。個人の誠実さに頼るのではなく、信頼性を組織の仕組みとして担保するのである。柱は次のとおりである。

  • 試験ごとに全責任を負う試験責任者(Study Director)を一人置くこと。
  • 試験の実施部門から独立した信頼性保証部門(QAU)が、計画書・実施・報告書を点検すること。
  • 試験計画書(プロトコル)を事前に定め、逸脱は記録すること。
  • そして生データ(raw data)ーー観察の一次記録ーーを改ざんできない形で保存し、最終報告書との突合を可能にすること。「記録されていないものは、行われていないのと同じ」「生データと矛盾する報告書は無効」という、今日のALCOA(帰属性・判読性・同時性・原本性・正確性)に連なるデータインテグリティの原点が、ここにある。

OECDへ、そして日本へーー国際相互受入の枠組み

GLPを実効あらしめる仕組みとして、FDAは試験施設への査察と、承認申請に使われた重要試験の生データを報告書と突き合わせるデータ監査のプログラムも整備した。規則を作るだけでなく、抜き打ちで検証する。GMP査察と同じ執行の文化が、非臨床試験の世界にも持ち込まれたのである。

GLPは米国にとどまらなかった。試験データの信頼性基準が国ごとに異なれば、同じ試験を国ごとにやり直す無駄が生じる。OECD(経済協力開発機構)は1981年にOECD GLP原則を採択し、加盟国間でGLP適合試験のデータを相互に受け入れる枠組み(MAD:データ相互受入)を確立した。

動物福祉の観点からも、同じ毒性試験の重複実施を避ける意義は大きい。なお米国内でも、農薬・化学物質を所管するEPAがFDAとは別に自前のGLP規則を持っており、IBT事件がいかに広範囲の規制当局を巻き込んだ事件だったかがうかがえる。日本では1982年に医薬品GLPが行政指導として導入され、1997年に省令化された。

医薬品のほか、化学物質、農薬、動物用医薬品など分野ごとのGLPが整備され、いずれもOECDの枠組みに参加している。試験施設は定期的なGLP適合性調査を受け、その適合状況が申請データの受入れの前提となる。医薬品開発のグローバル化を支える見えない土台として、GLPは今日も機能し続けている。

おわりにーー信頼性という共通思想

GMPは製造の、GLPは試験データの信頼性を仕組みで守る規制である。そしてこの「性善説に頼らず、仕組みとして信頼性を担保する」という思想は、後にGCP(臨床試験)、そして電子記録の時代のPart 11・データインテグリティへと受け継がれていく。次回では舞台を医療機器に移し、医薬品より40年遅れてやってきた規制の物語をたどる。

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