リアルワールドデータ(RWD/RWE)
「エビデンスといえば臨床試験。日々の診療記録なんて雑多で、証拠には使えない」ーー長くそう信じられてきた。だが近年、その常識が揺らいでいる。
実際の診療現場から生まれる膨大なデータを、医療機器の評価に活かそうという動きが、世界的に広がっているのだ。ここで登場するのがRWD(Real World Data/リアルワールドデータ)と、RWE(Real World Evidence/リアルワールドエビデンス)である。RWDとは、電子カルテ、レセプト、患者・製品レジストリなど、多様な情報源から日常的に収集される、患者の健康状態や医療提供に関するデータを指す。
患者の健康状態や医療提供に関して日常的に記録される機器データも、RWDになり得る。ただし、保守や通信といった技術ログのすべてが自動的にRWDになるわけではない。そのRWDを分析し「この機器は実際の現場でどれだけ効き、どれだけ安全か」という臨床的エビデンスとして整えたものがRWEだ。
なぜ注目されるのか。従来型の臨床試験の一部では、対象患者や手順をあらかじめ絞り、比較条件を整えることで、誤差やバイアスを抑えやすくする。その一方で、得られた結果を多様な患者や施設にどこまで一般化できるかが課題になることもある。
実際の患者は、高齢だったり、複数の病気を抱えていたりと、試験の対象から外れる人も多い。RWDを用いる研究は、より広い臨床経験を捉え得るが、交絡や選択バイアスなど別の課題を伴う。両者は対立するものではなく、問いに応じて長所を組み合わせる関係にある。
RWDは観察研究専用でもなく、無作為化試験のデータ収集基盤にもなり得る。米国では2025年12月に医療機器RWEの最終ガイダンスが改訂発行され、日本でもレジストリや医療情報データベースを承認申請・使用成績評価申請に用いる枠組みが示されている。承認前・市販後の双方で活用が模索されているが、RWDだから自動的に使えるわけではない。目的に適合した十分な科学的根拠と評価されることが条件である。
ここで筆者がかねて説いてきた「Show me, don’t tell me」ーー語るな、示せ、という原則が効いてくる。「うちの機器は現場で役立っている」と口で言うのは簡単だ。だがRWEは、それを客観的なデータで示せと迫る。
裏を返せば、日頃からデータが確かな形で記録され、素性の追える状態で残されていなければ、いざというときRWEは作れない。RWEの価値を決めるのは、データ量だけではなく、その問いに対するデータの適合性である。必要な症例数と精度を確保したうえで、対象患者、機器、アウトカム、交絡因子、追跡期間が適切に捉えられ、データの正確性、完全性、由来、追跡可能性が確保されていることが重要になる。集めるだけでエビデンスになる、というのは幻想だ。

実務では、RWDを「後から使えるかもしれない予備の記録」と甘く見ないことが肝心である。もっとも、RWEは、すべてのデータを最初から専用に集めなければ作れないものではない。既存の電子カルテ、レセプト、レジストリ、機器生成データも、目的への適合性を確認したうえで利用し得る。
重要なのは、確認的な評価では、アウトカムを見て解析する前に、問い、対象集団、評価項目、プロトコル、解析計画を定め、変更履歴を残すことである。探索的な分析で見つけた仮説は、その位置づけを明確にし、必要に応じて別のデータや研究で確かめる。この設計と規律が抜けると、手元に山のようなデータがあっても、肝心の問いには答えられない。
もう一つ、RWDには特有の弱点もある。日常の診療は、研究のために記録されているわけではない。だから記録には抜けや偏りがあり、条件も揃っていない。
交絡、選択バイアス、誤分類も避けられない。この「整っていないデータ」から、いかに信頼できる結論を引き出すかは、それ自体が高度な方法論の問題である。RWEが臨床試験を置き換えるのではなく補い合うと言われるのは、このためだ。
現場の記録は、雑多なノイズにも、雄弁な証拠にもなる。分けるのは、研究の問い、データの適合性、そして設計と解析の確かさである。患者、医療者、医療機関、レジストリ運営者、研究者、メーカーなどがそれぞれの役割を果たし、日々のデータを信頼できる根拠へ変えられる体制こそ、これからの医療機器評価を支えるのである。
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