米国に “製販” という概念がない理由
「製造販売業者」は日本独自の仕組みである
はじめに――海外に通じない「製販」という言葉
日本の製薬業界では「製販(せいはん)」という言葉が日常的に飛び交う。言うまでもなく製造販売業者の略である。ところが、この概念を米国の規制当局者やビジネスパートナーに英語で説明しようとすると、はたと困ることになる。
ぴったり対応する言葉が存在しないのである。Marketing Authorization Holder(MAH)と訳すのが通例で、実際この用語はEU/EEAをはじめ英国その他多くの国で広く用いられている。しかし米国の制度には、そもそも「製造販売業」に相当する業態が存在しない。
訳語が見つからないというより、対応する制度そのものがないのである。本稿では、日本の製造販売業者制度の成り立ちと仕組みを初心者にも分かるよう整理したうえで、米国の制度と比較し、実務上の注意点を述べる。
製造販売業とは何か――「売る人」ではなく「市場に責任を負う人」
製造販売業という業態は、2005年(平成17年)4月1日施行の改正薬事法(現在の医薬品医療機器等法、いわゆる薬機法)によって誕生した。それ以前の日本では、医薬品の承認は「製造業者」が取得し、製造と上市の責任は一体であった。改正法はこれを分離し「市場へ製品を出荷し、その品質と安全性に最終責任を負う者」として製造販売業者を新設したのである。
誤解されやすいが、製造販売業者は「販売する人」ではない。医薬品を医療機関や薬局へ売るのは卸売販売業や薬局といった別の業態である。また、自社工場で製造する必要もない。
製造行為を行うには別途「製造業」の許可(または外国製造業者の認定)が必要であり、製造販売業者はすべての製造を外部委託しても構わない。つまり製造販売業者とは、工場を持つか否かにかかわらず、自社の名義で製品を市場に送り出し、市場に対して責任を負う者を指す。「元売り」という表現が実態に近い。いわば製造販売業とは、製造しない、販売しない業である。
制度の三本柱――承認・GQP・GVP
製造販売業者の責任は三つの柱で構成される。
- 第一に、製造販売承認の保有である。
医薬品の承認は製造販売業者に与えられ、承認書に記載された内容どおりに製造・品質管理を行う義務を負う。 - 第二に、GQP省令(医薬品、医薬部外品、化粧品及び再生医療等製品の品質管理の基準に関する省令/平成16年厚生労働省令第136号)である。
製造販売業者は、委託先を含む製造所を管理監督し、製品を市場へ出荷してよいかどうかの判定(市場出荷判定)を自ら行い、品質情報や回収にも対応しなければならない。 - 第三に、GVP省令(医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器及び再生医療等製品の製造販売後安全管理の基準に関する省令/平成16年厚生労働省令第135号)である。
副作用情報を収集・評価し、必要に応じて添付文書の改訂や回収などの安全確保措置を講じる責任を負う。GQP・GVPの両省令はいずれも平成17年4月1日から製造販売業の許可要件として施行された。
そして、これらを実行する体制として、総括製造販売責任者・品質保証責任者・安全管理責任者の、いわゆる「三役」の設置が許可要件とされている。医薬品の総括製造販売責任者は原則として薬剤師でなければならない。また、許可には処方箋医薬品(要指示医薬品)を扱う第一種と、それ以外の医薬品を扱う第二種の区分があり、都道府県知事が付与する。
体制が整っているかどうかを行政が事前に審査し「業」として許可する。ここが日本の制度の核心である。背景には、製造委託の全面自由化に対応しつつ、市販後の安全対策を強化するという2005年改正の狙いがあった。
具体例で考えてみよう。ある企業が自社工場を持たず、原薬の調達から製剤化、包装まですべてを国内外の製造所に委託しているとする。この場合でも、各製造所がGMPを守って製造したかを確認し、ロットごとに市場へ出荷してよいと最終判定するのは製造販売業者の品質保証部門であり、市販後に副作用の報告が寄せられれば、評価と措置を行うのも製造販売業者である。どれだけ製造を外部化しても、市場への責任だけは製造販売業者に残る仕組みなのである。
米国には「製販」がない――承認と施設の二本立て
一方、米国FDAの制度は「承認」と「施設」の二本立てで構成されており、業態許可という考え方がそもそも存在しない。
- まず承認について。
新薬(NDA)、後発品(ANDA)、生物製剤(BLA)の承認を取得した者は、申請者(applicant)ないし承認保有者(application holder)と呼ばれる。
承認を保有していれば製品を市販でき、そのために別途「業の許可」を取る必要はない。
年次報告や副作用報告に加え、市場出荷後に品質上の問題が判明した場合には、これを知ってから3日以内にフィールドアラート報告(Field Alert Report/21 CFR 314.81(b)(1))を提出する義務がある。
ただしこれらはいずれも承認に付随する義務であって、日本のように三役体制を事前審査されるわけではない。 - 次に施設について。
製造施設は施設登録(establishment registration)と品目リスト提出を行い、cGMP(21 CFR Parts 210/211)の遵守をFDA査察で確認される。
登録の時期は、米国内の製造業者は製造開始後5日以内、海外の製造業者は米国への輸入前とされている。
重要なのは、この登録が「許可」ではなく届出に近い性格のものだという点である。
21 CFR 207.77は、登録および品目リストの提出が当該施設や製品をFDAが承認したことを意味するものではない旨を明記している。
つまり米国は、承認審査と施設査察という事後的・実地的な仕組みで品質と安全を担保しており「業態を許可する」という入口管理を持たないのである。なお、米国にも卸売業者に対する州レベルのライセンス制度は存在するが、これは流通段階の規制であり、日本の製造販売業のように品質保証と安全管理の総責任者を定める仕組みではない。もう一つの大きな違いは外国企業の扱いである。
日本では、外国企業が自社製品を日本で販売するには、国内に製造販売業者を置くか、外国製造医薬品等特例承認制度を利用して国内の選任製造販売業者を指名しなければならない。選任製造販売業者は、外国特例承認取得者に代わって、国内における回収等の緊急措置やGVP対応といった義務を実際に担う立場に置かれる。これに対し米国では、外国企業がそのまま承認保有者になることができる。
求められるU.S. Agent(米国内代理人)は当局との連絡窓口にすぎず、品質や安全管理の責任主体ではない(21 CFR 207.25、207.69)。日本の選任製造販売業者とは責任の重みがまったく異なる点に注意が必要である。
実務上の注意点――制度の前提が違うことを知る
この違いは実務に直結する。米国企業が日本へ参入する際には、MAHの設置、三役人材の確保、GQP・GVP体制の構築が必須となり、これが最初の関門になることが多い。逆に日本企業が米国へ進出する際「製販許可に相当する何かを取得しなければ」と考えがちだが、そのような許可は存在しない。
代わりに、承認保有者としての報告義務やcGMP対応を自社が直接負うことを理解しておく必要がある。手続の細部にも留意したい。製造販売業許可そのものは都道府県知事が付与するが、外国特例承認に係る選任製造販売業者の変更届出については、令和2年9月以降、都道府県知事を経由せず独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)へ直接届け出る運用に改められている。
窓口が一律ではない点は、実際に手続を担当する段階で確認しておくべきである。用語の面でも注意がいる。日米の会議で「MAHは誰か」と問われ、日本側が製造販売業者を、米国側が承認保有者を思い浮かべて話が噛み合わない、という場面は珍しくない。
契約書や品質取決め書では「製造販売業者」を安易にMAHと訳して済ませず、承認の保有、出荷判定、安全性報告といった個別の責任が日米どちらの制度上、誰に帰属するのかを具体的に書き分けることが望ましい。なお、EUにはMAH制度があり、各バッチが製造販売承認の要件とGMPに適合していることを認証するQP(Qualified Person)や、安全性監視の責任者を置く点で日本と親和性が高い。製品ライフサイクル全体の最終責任がMAHに帰属するという構造も、日本の製造販売業者に近い。業態許可を持たない米国のほうが、国際的にはむしろ独特とも言える。
おわりに
制度の違いは思想の違いである。日本は体制を事前に審査して業を許可する入口管理型、米国は承認と査察で事後的に担保する型を採る。国際共同開発や国際的な製造委受託が当たり前となった今、相手国の制度の前提を知ることが、円滑なコミュニケーションと的確な薬事戦略の第一歩となるのである。
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